Secret Messages

日記 | ニュース | グルメ | ラーメン | こだわり
ドラマ | 映画 | 紀行 | IT | ピックアップ

横浜ベイスターズ-さらば二十世紀-

  おじいちゃん、おじいちゃん。何かおもしろい話してよー。

老人 うーん、そうだなあ。この辺に大地震が起きたときのことは、この前話したし……。よし、じゃあ野球の話をしよう。日本のプロ野球の話だ。

  へー。いつごろのお話?

老人 うん。あれはいまからちょうど、50年前のことだ。1998年、おじいちゃんにとっては、一生忘れることの出来ない最高の年だった。
 いまでこそプロ野球は1リーグ制の下、8チームで優勝を争っているが、昔はセントラルリーグとパシフィックリーグに分かれ、ペナントレース終了後は、各リーグの優勝チームで日本一を決める日本シリーズが行なわれていた。それぞれ6チームが別々に戦っていたんだけど、人気のセ・リーグ、実力のパ・リーグと言われて何かと対抗意識も強かったんだ。
 いま考えれば、古き良き時代だったのかもしれないなあ。

  へー。それでおじいちゃんは、どこのチームを応援してたの?

老人 横浜ベイスターズだよ。チームの総合練習場や二軍の本拠地が横須賀にあって、ほとんど地元のチームと言ってもよかった。

  ウンウン、そうだよね。やっぱり応援するなら地元のチームがいいよね。球場にも行きやすいし、友達にもファンは多いしね。

老人 ところがそうでもなかったんだ。いまでもそういう傾向はあるけど、あの頃はプロ野球といえば読売ジャイアンツと言うくらい、巨人のファンが大多数だったんだ。もちろん横浜や、巨人以外のチームを応援しているファンもたくさんいたんだけど、巨人ファンの多さにはとてもかなわなかった。
 おじいちゃんの生まれる前はもっとすごくてね。「プロ野球=巨人」と言う図式は社会全体にしみわたっていたんだ。それに親が巨人ファンだと子供もその影響を受けて同じ巨人ファンになるっていうのが多くて、この図式は簡単には崩れようがなかったんだ。

  て言うことは、おじいちゃんのお父さんは巨人ファンじゃなかったんだね。

老人 いや、じつはひいおじいちゃんもひいおばあちゃんも、大の巨人ファンだったんだよ。

  じゃあ、おじいちゃんはどうして横浜ファンになったの?

老人 うん。きっかけはたいしたことじゃなかったんだ。おじいちゃんがちょうどおまえと同じ年くらいの頃にな、ひいおばあちゃんに連れられて、西友って言うスーパーヘ買物へ行ったときのことだ。
 当時、小学生くらいの男の子の間では好きな球団の野球帽を被っていくのが当たり前みたいになっててね。男の子たちはそれぞれ、巨人や西武ライオンズ、阪神タイガースなんかの帽子を思い思いに被ってた。それで、おじいちゃんはその日、好きな帽子を買ってもらうことになったんだ。
 売場にズラッと並ぶ12球団の帽子を前に、おじいちゃんは迷ったよ。だってそれまでプロ野球にはたいして興味もなくて、好きなチームも何もなかったんだからね。弟はそのとき見た目で阪神の帽子を選んだんだけど、おじいちゃんは子供ながらに、見た目だけで選ぶのはどうも抵抗があったんだ。
 それでひいおばあちゃんに地元のチームのはどれって訊くと、紺地に白でWと描かれた帽子のチームだって教えられたんだ。これがおじいちゃんと、当時は横浜大洋ホエールズって言っていた横浜ベイスターズとの最初の出会いだったんだ。

  じゃあ、おじいちゃんはその時からずっとファンだったの?

老人 そうだよ。もう、70年近くになるかなあ。

  すごいねー。ボクだったら、そんなに長いこと応援していられるか判んないよ。

老人 うん、おじいちゃんも不思議だよ。当時の横浜はとにかく弱かったからなあ。なにせ、おじいちゃんが生まれるよりもずいぶん前に初優勝したっきりで、そのあとは万年Bクラス、相手チームにポンポン勝ち星を献上しちゃうもんだから、横浜大洋銀行なんてあだ名がついちゃうほどだった。
 シーズン開幕直後の4月や5月には、ファンですらびっくりするほど調子のいい年もあったんだけど、結局春の珍事とか言われて、夏前には4位とか5位とかの定位置に落ち着いちゃうんだ。おじいちゃんがファンになってからの十数年の間は、ずっとその繰り返しだったんだよ。

  ふーん。おじいちゃんて我慢強かったんだねー。

老人 まあ、そうかもしれないけど、やっぱり横浜って言うチームが好きだったからなんだよ。きっかけはどうあれ、一度好きになったチームを簡単に見離したくはなかったし、それにもし横浜が優勝出来たとしたら、その喜びは他のチームのファンとは比べものにならないほど大きいはずだろ。

  ウンウン、判るよ。ボクもこの前、テレビゲームでずっと負け続けてた友達にやっと勝ったんだ。メチャクチャ嬉しかったよ。

老人 はははは。そうだろ、そうだろ。おじいちゃんもね、いつかそんな日が来るだろうって信じてたからこそ応援し続けていられたんだ。低迷してるからこそ、ファンの応援が必要だとも言えるしね。
 そして運命の1998年がやってきたんだ――。

  ……。

老人 開幕戦で川村投手が1安打完封勝利を収めたのを皮切りに、横浜はいきなりの3連勝。6月20日には中日ドラゴンズと並んで首位に立つんだ。
 しかし7月7日の試合では、佐々木が登板してのまさかのサヨナラ負け……。当時は大魔神とも呼ばれた絶対的な抑え投手だったから、そりゃあファンとしてはショックだったよ。けど翌日の試合から1引き分けを挟んで、チームは10連勝するんだ。
 とくに7月15日の巨人戦は圧巻だった。終盤に入ってからは、点を取られては取り返すの連続。両チームともに20安打の乱打線をサヨナラゲームで制したんだ。テレビ放送が終わってたんでラジオで聴いてたんだけど、この試合はまさにマシンガン打線の真骨頂を示してくれた。
 いま考えても本当にこの年の横浜は強かったと思うよ。投手陣もそれまで整備されていた中継ぎ、抑えに加え、先発ローテーションに入った投手も自分のすべきことをしっかり自覚していた。打者は打者なりに持ち味を活かして活躍する。じつにバランスの取れたいいチームだった。
 ん……? 寝てるのか?

  クゥゥー……。

老人 ……ま、まあいい。
 そんなこんなで、とうとうその日がやって来たんだ。10月8日、場所は阪神甲子園球場だった。前日2位中日が敗れたため、横浜のマジックは1になっていた。
 1回表、横浜は3番鈴木尚が四球で歩くと、4番ローズのタイムリーで先制。しかしその裏、阪神はすかさず逆転。3回に横浜が追いつくと、4回裏には再び阪神に勝ち越されてしまう。試合は3対2で阪神リードのまま8回表の横浜の攻撃を迎えるんだ。
 一死から四球でランナーが出ると、ひとり凡打のあと再び四球。続く谷繁が死球で歩いて二死満塁。絶好のチャンスで回ってきたバッターは進藤だった。
 堅実な守備カを買われて活躍してた選手だったけど、一発長打のあるバッティングには何とも言えぬ存在感があった。この年の本塁打は14本と決して多くはなかったけど、実にいい場面で打つなあっていう印象が強かった。彼の本塁打を横浜スタジアムで見たことがあるけど、その弾道はいまだに目に焼きついて離れないよ。それがどうしてなのかはよく判らない。けど、彼の本塁打にはスタジアムの観客を一瞬押し黙らせてしまうほどの、胸をすくような魅力があったんだ。
 フルカウントから繰り出した進藤のバットは、投げ込まれた一球を事もなげにライト前へ運んだ。二死ですでにスタートを切っていたランナーがふたり帰り、横浜は逆転。このときにはもう、おじいちゃんも、この試合で優勝が決まるんだって確信していたよ。
 阪神の攻撃は残り2回。佐々木が出てくることは間違いなかった。佐々木が8回裏を三者凡退で仕留めると、横浜ファンのだれもが、優勝の瞬間が刻一刻と近づいてくるのを感じた。9回裏、先頭バッターにヒットを許すも、続くふたりから三振を奪うと、新庄にはカウント0-3とボールが先行する。しかしここからツーストライクを取ってフルカウント。最後はやっぱり得意の決め球、フォークボールだった。三振ゲームセット。横浜は38年振りのリーグ制覇を果たしたんだ。ファンにとっては、まさに悲願としか言いようのない万感の思いが成就した瞬間だった。判るかい?

  スゥー。スゥー……。クェ? エッ?

老人 判るかい?

  えっ? ウンウン。ウンウン。

老人 いいかい? とくにおじいちゃんの世代で、幼い頃から大洋・横浜ファンだった人たちにとって、ひいきチームの優勝を経験するのは初めてだったんだ。それまではずっと、優勝を遂げて喜びを露わにしているライバルチームのファンの姿を、歯噛みする思いで見続けてきたんだ。いつかは自分たちも同じ気持ちを味わってみたいってね。
 横浜はこの年、シーズンの勢いをそのまま持続させて、ついにはパ・リーグの覇者西武を下して日本一に輝くんだ。
 1993年に横浜大洋ホエールズから横浜ベイスターズとして生まれ変わったチームが、ファンとともに勝ちとった日本一。これ以上はない最高の優勝だった。

  ゆ、優勝したんだ。

老人 さっきから言っているだろう。

  あ、ウン。ウンウン。聞いてたよ。ボ、ボク、ちゃんと聞いてたよ。

老人 おじいちゃんはね、横浜のファンであることを誇りに思ってる。それは昔も今も変わることはなかった。若い頃からきっと自分は一生横浜ファンであり続けるだろうと思っていたし、実際その通りになった。おじいちゃんの人生の何パーセントかは、紛れもなく横浜のためにあったと言っていい。そしてあの年、リーグ優勝と日本一を体験させてもらった。これ以上何を望むと言うのか……。

  おじいちゃんは本当に、その横浜って言うチームを愛してたんだね。

老人 まあね。きっかけは些細なことなんだけどね。

  その横浜スタジアムってどこにあったの?

老人 ここさ。このマンションは跡地に建てられたんだよ。


横浜ベイスターズ オフィシャルサイト 
関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 | HOME | 

 

PIECE

tokufan

管理者 : tokufan
ウイスキーをちびちびと
プロフィール
過去のトップイメージ
管理者ページ
バナー
© 2002- TOKUFAN

Since 2002/04/10

新着記事

ブログ内検索

月別アーカイブ

リコメンド

流通ニュース
上野優華 オフィシャルサイト
熊木杏里's Official Website
虚構新聞社
こよなく夜景を愛する人へ
サイエンス チャンネル
全国ロケ地ガイド
ソフトコレクション
ちょっと便利帳
東京アメッシュ
日本映画データベース
日本道路交通情報センター
日本標準時
Creazy!
everything is gone
iタウンページ
OnlineSoft VersionUp.info
PICASSO SITE
sunset terminal

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

Template by たけやん