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藤子・F・不二雄ミュージアム

藤子・F・不二雄ミュージアム

一昨年の暮れに藤子・F・不二雄ミュージアムへ行ってきた。

ドラえもんやパーマン、バケルくんなど、子どもの頃から藤子不二雄マンガには親しんできたつもりだ。
それが成人しようかという年になってから触れた藤子・F・不二雄のSF短編で、すっかりFの虜になったと言っていいだろう。
そんなFが生前長く暮らしていた川崎にミュージアムができた。
それはもうぜひ行きたいと願っていた。

■チケット

チケットは日時指定の完全予約制。
そう簡単には取れないと思われている方が多いが、そんなことはない。
土日祝日は発売開始早々に売り切れてしまうことが多かったが、そういう状況も最近はだいぶ落ち着いてきたようだ。
平日ならばなおのこと、わりと容易に入手できるのだ。

チケットの取り扱いはローソンチケットのみ。
1か月単位で販売開始時期が決まる。
基本は2か月前の月末である。
例えば2013年3月の1か月分のチケットは、2か月前の月末である1月の末に一斉に発売される。
予約は、(1)インターネット(PC・モバイル)か(2)電話か(3)ローソン店頭Loppiでできる。
インターネット予約のみプレリクエストという先行抽選が利用できる。

いずれにしても早い段階で日にちを決めてしまえば、チケットが取れないということはあまりない。
逆に平日でも、不意に早く売り切れてしまう日があるかもしれない。

入館時間は、10:00、12:00、14:00、16:00の4回。
それぞれ指定の時間から30分を過ぎると、入館が締め切られてしまう。
入れ替え制ではないので、10:00に行くのがいちばん長く楽しめる。
16:00入場は2時間しか館内にいられないため、休日でも売れ残っていることが多い。

■アクセス

リスト 神奈川県川崎市多摩区長尾2丁目8番1号 (Google マップ)

私は平日の12:00に入館した。
本当はもっと早い時間から行きたかったが、わが家からミュージアムのある川崎市多摩区まではそれなりに時間がかかるのだ。

ミュージアムに駐車場はないが、近隣の駅周辺にコインパーキングはたくさんあるので、バスと併用したり、少々歩くことを厭わなければ車で行くことも可能だ。

シャトルバス

近隣各駅から路線バスも出ているが、登戸、向ケ丘遊園、宿河原からならば、徒歩でも15~20分ほどで着く。
とくに登戸駅から出ている市営のシャトルバスは直行便なので便利だ。
しかも、車体にはキャラクターが盛りだくさん。
大型バス、中型バスなど少なくとも3台はあって、それぞれ色と描かれているキャラクターが異なる。
ナンバープレートも凝っている。

押すとこ 掴まるとこ

じっさい私は、行きは登戸からシャトルバスを使い、帰りは向ケ丘遊園まで歩いた。
街中にはキャラクター像などが配置されているので、明るい時間に駅からもしくは駅までの道のりを楽しむのもおすすめである。

欄干 欄干の上

足もと コマ割

■入館

壁に目あり

ロビーで館内の説明を受けて入館。
展示スペースで説明を聞くための端末「おはなしデンワ」を借りる。
展示スペースでは写真撮影はできない。

展示スペースは、もちろん藤子・F・不二雄の原画が中心。
ただ原画は劣化を防ぐため、入れ替えがあったり、原画コピーの展示も少なくない。
それでも藤子・F・不二雄を知っている人ほど楽しめるのはたしかだ。

雑誌やコミックになる前の原稿には、コマの周りに注意書きが残っていたり、ホワイトで修正した跡も見ることができる。
スクリーントーンを使っていたり使っていなかったり、消しゴムで消した鉛筆の跡がうっすら残っていたり。
意外に切り貼りを繰り返して原稿が仕上げられている様が窺える。

展示スペースは2か所あるが、ここがいちばん時間を割いてじっくり楽しめるスペースだろう。

読み放題 中にもいろいろ

この他にも、自由にマンガを読めるコーナーや、オリジナル映像を鑑賞するシアター、キャラクターと出会える「はらっぱ」もある。

1回200円のガチャガチャ(カプセルトイ)には、マスコットコレクションが入っている。
種類は、ドラえもん、パーマン1号、Q太郎&O次郎、ピー助、ぞうの5種類。
紐の付いた小さなフィギュアである。
Q太郎&O次郎がなかなか出なくて、結局11回チャレンジして全部集めた。

ガチャガチャ

■はらっぱ

屋内展示中心のミュージアムとはいえ、屋外にあるはらっぱにも仕掛けがあるので、やはり晴れている日のほうがいい。
生田緑地を活かして、意外なところにも工夫が見られる。

実物大 目線バッチリ

ピンクなんだ さすがお化け

中央のシンボルツリーは期間限定のイルミネーションが点灯していた。

期間限定

話題沸騰中のきれいなジャイアンも屋外展示のひとつ。
場所ははらっぱではないので、見逃さないように注意したい。

リスト きこりの泉 (YouTube)



■カフェ・テイクアウト

暗記パンや小池さんラーメンが食べられるカフェがあるが、ここは非常に混雑している。
事前に情報を得てはいたが、やはり展示スペースを鑑賞してからだと閉館時間ギリギリである。
予約は番号札で管理しているが、3時間待ちだった。

グッズショップやはらっぱで遊びながら、たまにカフェ入口に掲げられている予約番号を確認する。
結局私はカフェに入ることを諦めたが、それでも時間いっぱいミュージアムを楽しんだので悔いはない。
連れには悪いことをしたが……。

どうしてもカフェに行きたいなら、入館と同時に予約を取ることをおすすめしたい。
そしてなにより、10:00に入館するのが時間的にも余裕が持てて良いだろう。

カフェが待てない、でも何か食べたいという人のためには、テイクアウトコーナーがある。
ここでも軽食やドリンク、どら焼きなどで腹ごなしはできる。

上り下り

ちなみにこの番号札、ラミネートされたしっかりしたものなのだが、カフェに行かなかったので、なんと私、忘れてそのまま持って出てしまった。
しかも登戸駅近くに止めた車に戻ってから気付くという失態。
はっきり言って、同じことをしてしまう人はたくさんいるのではないかと思う。
車だったのでミュージアムの近くまで戻り、閉館後の外にいた警備員に返してきた。
それもこれも、いまはいい想い出である。

なお、現在はカフェの順番待ちのために、自動発券と携帯電話で呼び出すという便利なサービスが導入されている模様。

■グッズ

カフェを断念することになったのは、ついついミュージアムショップで売られているグッズ選びに時間を取られてしまったからである。
ほとんどはお土産と言うよりも、自分のためのものなので、なおさらである。

お土産

定番の携帯ストラップや文具、ポスターからクッキーなどの食べ物まで、様々に揃っている。
もちろんここでしか買えないものばかりだ(と思う)。
藤子・F・不二雄大全集は書店でも買えるものだが、公式図録はミュージアムの紹介から藤子・F・不二雄年表、原画まで収録されていて、ファンならば是非とも本棚に収めておきたい代物だ。

■閉館

閉館時間は、18:00。
冬場なら、ミュージアムを出る頃には日も暮れていることだろう。

私には無縁だが連れが苦しんでいたので注意点としてあげておくと、館内は完全禁煙である。
喫煙所もないので、吸う人は覚悟が必要である。


限られた時間の中で結構楽しめたとは思うが、カフェに入る余裕がなかったことと、ミュージアム周辺を散策する時間が少なかったなとは思う。
もう一度行く機会があれば今度こそカフェで食事を楽しみたいが、またミュージアムショップから離れられなくなりそうな予感もする。

※情報は2011年12月のものです。

【投稿】2007年11月8日~11日 式根島キャンプ

八丈玄 投稿シリーズ6
この記事は、当ブログの読者でありキャンプ仲間でもある八丈玄氏によって投稿された文章です。
記事本文の著作権は八丈玄氏に帰属し、管理・運営はtokufanが行います。
伊豆諸島へのキャンプについては当ブログでもたびたび触れてきましたが、写真の掲載が主でした。
離島独特の雰囲気が伝わってくる八丈玄氏のキャンプ日記を、どうぞお楽しみください。


11/8(木)
 ここまで来たら、行くしかないだろう、式根島。そんな思いでいたところ、HPによると、12月から2月はキャンプ場は火災防止、防犯のため閉鎖とある。ということは11月中に行くしかないのであった。私もこりゃいかんと思い、8日夜に出港し、9~10日にキャンプをすることと相成った。
まったく準備も考えず、適当にバックパックにテントを詰め、食料は青ヶ島で余ったマジックライス。もうこれで充分。今回は1日目に島を回り、2日目はジェット船で帰って来るということにした。
 19時40分家を出る。後はいつもと同じ。1つだけ違うのは都営線の大門駅で下りたこと。京急で行けば1本で行けるから楽である。JRは浜松町で下りるので、横須賀線は実は面倒であった。1人なら中央駅から乗るだけなのである。1時間半で桟橋に到着した。やたら釣り師が多い。学生サークル風の人々もいる。この時期ならまだ観光客も平日多いのか。
切符を買ってビールを買って、段々の所で飲む。いつもの風景。9時40分頃乗船開始。特2等364番はまたしても真ん中の一番奥の上段。バックパックを棚に突っ込み、暑いのでトレーナーもジャンパーもベッドに置いて軽食コーナーへ。
もう場所取りしている人たちがいる。置きっぱなしのビニール袋には酒やら菓子やらお茶ペットボトルやらが。生ビールを注文する。透明プラのコップに注がれたビールを1人飲む。つまみはなし。煙草のみ。最近煙草の量が増えて参っている。1箱半~2箱になってしまった。何をしているのやら。
出港しているようだが、もう気にもならない。コーナーを出て、またビールを買い、デッキへ。つまみにようやく笹かまぼこを自販機で買う。お金を入れて番号を選ぶ奴だ。
上のデッキは私が行くと1人いたが、どっかに行ってしまった。
座って夜風に吹かれながら1人でビールを飲む。今週はこれできっと7.5リットルのビールを飲んでいる。まだ木曜日なのに。その後も350ml缶を1本飲む。
メールを打つ。てんぷらは福岡へ出張である。「はやぶさ」B個室だそうだ。帰りは「あかつき」で京都に行くらしい。11時半にはベッドへ。しかし、やはり2時頃まで眠れず、2回ほど出て歩く。チーズかまぼこ食べたりしていた。

11/9(金)
 目覚めるとそこは利島。写真を撮ってみる。朝食は軽食コーナーのニチレイポテトフライ。ビール飲み過ぎたのか食欲はいまいち。
新島で船の客のおじさんと岸壁のお巡りさんが世間話をしていた。式根島には9時に着く。20~30人下船して行った。ほぼ釣り師。街中へ向かって歩く。少し坂を登っていくと民家が増える。公衆電話があちこちあるのが妙に安心する。携帯はつながるが、青ヶ島の記憶があって、「ここは進んでいる!」と変な感動を覚える。信号もLEDの薄型最新式。いいじゃないか、この島。
道を歩いて行くと、新島村式根島支所がある。窓口2つに2人の人。キャンプの申請をする。職員(男)が「インフォメーションですが、明日は雨も風も強いようです」とのこと。いや――もう慣れてますから。今更雨風でビビってたらキャンプなんてできませんよ。
支所を出てまっすぐ歩いて行くと、商店がちらほら見えてくる。坂を下って行くと、海に出た。そこはキャンプ場のある釜の下海岸。キャンプ場には学生の男女4人くらいが1つのテントの周りで片付けをしていた。松の木の下の砂地をキープして、石に腰かけて一服。テントを立て始めて衝撃の事実を知る。
ペグを忘れて来た!!! こんなことは初めてである!!!
 風が吹いたらバタバタ言ってうるさいし、ターフが密着していると雨水が染みて来る。これは困る。私は考えて、代用品を探してみた。竹が落ちてるのでナイフで切って、割って使ってみる。何ヶ所か使えそうなのでそれで張ってみた。風もないのでまあ、なんとか今は使ってみよう。
テントに荷物を放り込み(投げやり)、まずマジックライス(しそわかめごはん)を食す。ここで10時40分、グズグズしてると雨が降るので散歩に出発。
 与謝野晶子記念碑から松が下雅湯へ抜ける。そういえば釜の下キャンプ場に坊主頭のおじさんが釣り道具と共に(?)いた。何するでもなく、ぼーっとしていたが、キャンプでもするつもりなのであろうか。
足付温泉へ行く道で掃除の人がいた。土の道を掃除していた。私が歩いていくと、かなり近くに行くまで気付かず、「わっ」とか言って驚いていた。すんません。声かけて通ればよかったっす。足付温泉は本当にただの岩場。おじさんが1人で入っていた。トイレに入ったが電気が暗くて、ほぼ真っ暗だった。
 そこから憩いの湯の前を通って御釜湾(これでみかわ湾という!)の山道を歩く。第三展望台で暑くて下のシャツを脱ぐ。第二、第一と森の中の人も通らない、獣道だった。
 第一展望台で雨が降り始めた。まだパラパラと言った感じだったが、もう雲行きも怪しかったので、唐人津城へは行かずに神引展望台への道を歩く。
神引展望台は白い岩の山で遠く新島が見える。雲があって箱根、伊豆半島は見えない。崖下には透明な海がきれい。中の浦海岸への遊歩道を行く。道に松やら何やら木が伸びていて歩きにくい。ここもしばらく人は歩いていないのであろう。
中の浦海岸から憩いの湯へ湯加減の穴がある。そういえば行きに手を入れてみたら、眼鏡が曇ってびっくりしてしまった。熱過ぎはしないが確かに暖かい湯気が出ていた。
 憩いの湯で風呂に入る。お兄さんに100円ロッカーを使いたいので500円玉を両替してもらおうとしたら「右にありますよ。それに泥棒なんていませんって」と言われてしまった。他に客は女性1人だけだった。しかも地元の。まあ、泥棒はいないな。
私は受付右手の無料ロッカーに財布やカメラを入れる。湯には私だけ。湯の色は茶色っぽい。20分程で出て一服して、お昼をどうするかパンフレットを見て考える。13時20分である。近くに弁当屋があるらしい。そこに行ってみると、シャッターが閉まっていた。やっぱり冬は何もないんですか!? 
仕方なく、コンビニエンスの「おくやま」へ。すると1500円の島寿司があったので、エビスと共に購入。まいまいず井戸を見てからテントへ戻った。キャンプ場では坊主頭のおじさんがコールマンのテントを張ったらしく、大きなテントが私と反対側に立っていた。しかも今から釣りに行くようだ。
私はテントで島寿司を食べながらビールを飲む。どっちがメインなのか自分でもよくわからない。ここですでに15時過ぎだった。日記を書きつつ、テントで過ごすと雨が降ってきた。しかも本降り。もうどこにも行かず、テントでゴロゴロすることにした。
しかし、その後、一番近い店でビール500mlを買う。また飲んでしまった私はだめですな。そういやこれから、今までのキャンプ日記をワープロに打ってみようと思う。もうノート2冊溜まっているし、いい思い出だ。このままノートで持っていてもいいが、ワードに打っておけば、何かに使えるかもしれない。
今は16時50分。もう日も暮れてきた。坊主の人は2時間くらい前に釣りに行ってしまった。今私は1人。夜は「こころ」というイタリアレストランが近いので、そこで名物の「アシタバスパゲティー」を食べてみようかと思っている。今回まったく料理する気はない。なんとかなるさ、こんだけ店があれば。
 17時前にはすでに夜。真っ暗なキャンプ場に外灯が1つ照らしている。雨はますます強くなっている。ラジオを聞いてテントで過ごす。18時になったら、「こころ」に行ってみるか。でも腹は空いていない。出歩きたくなくなって来た。蚊がテントに入って来る。
 18時20分に、そんなことを思いながら傘を差して「こころ」へ出発。岩海苔スパを食す。アシタバスパはメニューになかった。冬はないのか? あっという間に食べてしまう。こんな暗い夜道の店に客は来るのかと思っていたら、ちゃんと家族連れが来ていた。テントに帰って来て、ラジオを聞いて寝る。

11/10(土)
 雨。6時半起床。携帯を見ると、ジェット船は欠航だった。さあ、島旅らしくなってきたぞ。これが醍醐味。どうやって帰るか考えなければならないのが常である。
島内放送が流れる。ジェット船、あぜりあ丸は欠航、下りのかめりあ丸も新島、式根島には寄らない。上りは未定とのことである。
朝食はマジックライス山菜おこわである。食べてからしばらく何もしない。8時半頃ビールとサラミを買い、飲む。戻って来ると坊主の人が炊事をしていたので、挨拶する。そして9時半再び島の放送が鳴る。
「上り便も欠航です」
 ついに延泊決定である。みんなにメールを送る。もう何通もおとといから送っているが、返事は少ない。
 10時前にキャンプ場を出発。港に行って明日の船のことを聞くことにした。町はいたって静か。キャンプ場も風はない。支所に行くと休みだったので、キャンプ場の申請はやめた。郵便局はやっていた。日曜日やっていたら、荷物は送ってしまおうかとも思う。
港に行く下り坂にさしかかると強風が吹いていた。軽トラのおじさんが送ってくれそうだったが、一応断わる。船待案内所に到着。券売所のお姉さんに聞くと、大島まで大型船で、そこから東京までジェット船で乗り換えとのこと。そうかと思っていると隣のお姉さんが端末叩いて、久里浜までジェット船の予約が取れたという。明日券を持って行けばいいらしい。本当に出るのか怪しいが。
来た道を戻って温泉へ。今日は先客が1人。もう出る所だったらしい。その客は出て行ったが、蛇口の閉め方を間違えたのかお湯を最大で出しっぱなしにして行ってしまった。代わりに閉めるが、どうも日本人はドアも閉められなければ、蛇口も閉められないも民族になってしまったようだ。
湯から上がって、一休みして、弁当を買おうかと思ったが、やめた。他にもレストラン、定食屋の類いがいろいろあるので、昼はマジックライスの食事にして、夕方食べに来ようと思う。
公園の電話ボックス(ここも錆びているが使えた)で家に電話して、明日帰ることを伝えた。テントでマジックライス(五目ごはん)を食べ、ラジオでニュースを聞き、日記をつける。今日はもう何もすることがない。iPodシャッフルで電池が切れるまで音楽を聞いて一眠りしよう。
15時過ぎに聴くのをやめる。1時間程眠っていたが、その後はテントで寝て、空を見ていた。雲が流れていくが雨は止んでいる。時折晴れ間も見える。今から歩きに行くかとも思ったがやめた。黒い大きな塊の雲も多く、いつ降り出してもおかしくない。
この島は思ったより海水浴客相手の店が多くて、便利である。海辺が多いので、夏は賑わうのであろう。ここは五つも六つも海水浴場がある。島自体は小さく、多分2~3時間で半分は見て回れる。
人はあまり見かけない。家は多いのに、庭で畑をいじっている人とかはいるけど。こう波高があっては釣りもできないだろう。本日3~4mだそうだ。今日は非常食しか食べてないので、腹が変に減った。レストラン大師でカツ丼でも食べよう。そう思い、キャンプ場を出発したものの、レストラン大師は電気がついていない。営業中なのに。サンバレーももうメニューの看板をしまっていた。
仕方なく、カップヌードルのシーフード味とビールと赤いきつねとスナック菓子を買う。キャンプはとうとうここまで堕落した。毎食自分で作るのが信念だったのに、俗世の誘惑に負けてしまう。16時15分日が暮れてきた。何もない1日が終わろうとしている。しかし夜の方が長く、そしてかったるい。なぜなら眠れないから。
今、鳥が囀っているが、あまりこの島には鳥がいないような気がする。野良猫はこのキャンプ場に2匹いるけど。あ、雨が降って来た。もう一休みするか。
 海は荒れ放題、雨は狐雨。なんか急に大粒の雨が降り始めた。雨の空はやや切れ間から陽が差しているのに。
 iPodを聞いて寝ているだけ。19時半に「こころ」へ夕食に行く。今日は2組客がいて、しかも一方のおじさんグループはすっかり出来上がっている。今日はピザを食べようと思っていたが、カップヌードルがまだ残っているような、まだ空腹というほどではないので、岩海苔リゾットを頼む。そして、生ビール小。
しかし、このリゾットは丼1杯分の量、しかもリゾットというより雑炊であった。まあ、そのおかげで食べきれたのだが。テントに戻って来て、またラジオとiPod。10時まで起きていて、その後歯を磨いて寝ることにしよう。

11/11(日)
 6時に目覚める。ラジオを聞きながら携帯でチェック。ジェット船は大島止まり。やはり大型船で大島まで行って乗換えか。がっかりしながらボーッとする。テントの前を開けると蚊だらけだった。この島の蚊は大きい。そしてかゆい。
雨は降っていない。晴れ間も見える。しかし予報では雷を伴う雨とのことだった。波は昨日ほどでないにしてもやはり荒れている。今朝は赤いきつねを食べる。
 さて……やることなし。テントでゴロゴロするしかない。8時になって、こうなればテントを片付けるしかないと悟り、片付けを開始した。グラウンドシートのせいか、テントの底も銀マットの裏も水浸しである。ダメだ、このグラウンドシートは。かえって水だらけになる。芝生の上で干す。
雲行きは時折陽も出る感じ。8時半、島内放送で「ジェット船は大島止まりで欠航」と言っている。こうなりゃ大型船で行くしかない。一気に片付けをしてキャンプ場を出発した。
昨夜道路にいたカモメみたいな鳥の子供はもういなかった。風で巣から落ちたのか。歩くのもままならず、ほとんど飛べなかった。たぶん長生きしないんだろうな。
式根本道を歩く。メインストリートとは思えないくらい地味。郵便局がやっていたので、バックパックとテント、キャンプ用品だけ送ることにした。着替えとガスボンベは持って帰る。そういや途中で「式根島大好き 式根島大輔」とペイントされた軽自を見た。
郵便局では生ものを送る人が2人。目の前の小中学校では合同学芸会をやっていた。そして家からつっかえつっかえのピアノの音が……。何の曲かと思っていたら、ラクス様の歌だった。ガンダムSEEDか! だったら船に乗るしかないじゃないか!!
 泊海岸に立ち寄る。そして案内所でキャンプの許可書(プラスチックの板)を返却し、待合所へ。……やはりジェット船ではなく、特2等で横浜まで乗ることにした。大島から乗換えて東京に行っても遠回りだし、待ち時間がかったるいだけだ。790円増しであった。臨時便出して久里浜まで送ってほしいよ。
船が来るまで3階に行ってみたり、桟橋に行ってみたりして時間を潰す。にしき2が出港して行って、その後かめりあ丸が到着した。一番初めに乗り込む。306番はBデッキの一番前の奥の上段。また上段か。
リュックを置いて、軽食コーナーに行くともう全部席が埋まっている。神津島から乗っている連中である。それにメニューを見たが、いまいち食べる気の起きないメニューだったので、ニチレイのやきそばとビールを買ってデッキで1人の酒宴というか昼食というか……であった。その間に新島も出港。私はやることもないし、船内はうるさいので、さっさとベッドに行って眠ることにした。
16時10分に目が覚めて、デッキに出るとちょうど久里浜沖だった。これでここで泊まれば……とは毎回思うのだが、今回ほど切実に思ったことはない。ジェット船には一体いつになったら乗ることができるのやら……。
ニチレイのホットドックをベッドで食べた。あと1時間くらいで横浜に着く。ヨドバシカメラにでも寄るか。カメラも見てみたいし。やはり一眼レフもあると楽しいかも。
 17時40分、放送でぼちぼちベイブリッジをくぐって大桟橋に着くとあり。バッグを背負ってデッキへ出る。横浜の街が光っている。写真を撮り下船するためCデッキへ行くと、人がいっぱい。みんな足止めをくらった人たちだろうか。まあ、大島からの人もいるだろうし。
18時にはもう下りた。この後は上大岡のヨドバシカメラに寄って家に帰った。

【投稿】2007年7月8日~12日 青ヶ島キャンプ

八丈玄 投稿シリーズ5
この記事は、当ブログの読者でありキャンプ仲間でもある八丈玄氏によって投稿された文章です。
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伊豆諸島へのキャンプについては当ブログでもたびたび触れてきましたが、写真の掲載が主でした。
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7/8(日)
 夜20時に家を出る。今回のキャンプはかなりやばいかもしれない。
ヘリは12日の便で予約したものの、これが欠航してしまうと後はキャンセル待ちか、還住丸に乗るしかない。
しかも梅雨。ただただ雨が降り続けるのかもしれない。食料もお湯を入れれば食べられるアルファ米(?)のご飯のパックと缶詰。そして水は2リットルのペットボトルだ。マルチビタミンも一応用意した。
職場の人には、もしも帰れなかったら休暇を毎日つけておいてほしいと伝えておいたが、その前にはなんとか脱出したい。
 京急は今日都営線泉岳寺―品川でケーブル火災を起こし、品川止まり。しかしダイヤは普通に近い。品川駅の上りの表示は何もなくなっていた。
浜松町駅で降りて竹芝へ歩いて行くと、酔払った若者や浴衣の姉さんがたくさん歩いて来る。何事かと思ったら、東京納涼船というものをやっていた。そのため神津島行きの船は23時発になっていた。
まあ、羽田沖で時間調整しているくらいだから大丈夫なのだろう。
 竹芝はさすがに冬よりはにぎわっていた。券を買い、何も飲まずに待つ。乗船開始とともに船内へ。特2等360番は中央の区画で上の段ベッドだった。いやに狭いような気がする。
出港する時デッキに出ると、また学生が桟橋上の公園の見送りの友人と大声で話している。今度は公園の方にいる女が21歳の誕生日だということでハッピーバースデーの歌を歌っていた。これが若さというものか。
 私はもう見る物もないので部屋へ行き、横になる。レストランは3組くらい何かを食べていた。廊下はスキューバの袋でいっぱい。階段でインスタントの塩焼きそばを食べている男がいて、うまそうにもりもり食べていた。
東京湾内はとても静か。波はない。そのうちに眠りたかったが、結局2時過ぎまで寝付けなかった。

7/9(月)
 夜ろくに眠れず、三宅島、御蔵島で目が覚める。朝食は持参したマジックライスのピラフ。船のカップラーメン用の給湯器でお湯を入れて食べる。しょっぱい。確かに茶碗1杯分しかない。しかし朝ならこんなもんか。
海は多少うねっているものの波は高くない。しかし八丈島に近付いた頃雨が降り出した。一時晴れ間も見えたというのに……。
船で還住丸の電話をすると出港するとのこと。なら、行くしかないのか。船を降りる時は一番を取る。すぐに底土の待合室でタクシーを拾う。タクシーは還住丸の待合室の前につける。二十人程の客が乗船を開始していた。2620円払い、乗り込む。和室と椅子席があるが、和室はもういっぱい。前方の椅子席にする。18席ある一番後ろの右の通路側の席に座った。
10時25分フライング気味に出港。港内は波もなかったが、出ると揺れ始めた。大島から台風を逃れて東京客船の高速船に乗った時のことを思い出す。あれはすごかった。波高5メートルくらいはあったか。そして、その中をジェットコースターのように走る。何人もの人が船酔いで吐いて、席に戻れず後ろの床にへたり込んでいた。
 あれに比べればまだまし。今日も1人2人吐いているが、みんなじっと寝ている。工事関係者と地元の人。そしてどうやらキャンパー、観光客がいる。2時間半じっとしている。
13時10分ようやく三宝港へ到着。港はコンクリートの要塞。崖の下に港がある。その岸壁には出迎えの人、役場の人などがわさわさいる。私は黒のバッグを運んでもらい、板がないので手を引っ張ってもらって上陸する。
雨の中急いで待合所へ行くと、乗船する人が待っていた。女の人に呼ばれて一斉に船へ走って行く。私は雨合羽を着て、1人坂を上り始めた。すると後ろから白い軽トラックに乗った男が「どこに行く!」と声をかけてくれた。「キャンプ場です」と言うと「乗れ! 早く!」と言う。急いでバッグを荷台に載せ、助手席へ座る。
 男は「こんな嵐の日に来るなんて」と言った。おっしゃるとおりである。男は「役場に届けは?」と尋ねて来た。実は港の待合所にはそれらしき人がいなくて、そのまま来てしまったのである。男は携帯で役場に電話してくれた。
男は「キャンプ場に届けもらいに来てくれるってよ。俺も送って行って後はほっぽりぱなしってわけにはいかないしな」と言う。キャンプ場まで送ってもらった私は、雨の中炊事場の脇に緊急避難的にテントを張って潜り込む。
 そしてすぐに昼食。焼き鳥の缶と玉子スープ、きのこごはん。寝不足で少し眠ってみる。3時過ぎに男がやって来た。同じ船だったらしい。
キャンパーは「あっちにテント張らしてもらってます」とのことで、この人は歩いてここまで来たに違いない。私はラッキーだった。感謝しなくてはならない。そしてまた寝て、つよぴやてんぷら、キムチに手紙を書く。日記を書く。やる事がない。
6時前に夕食。ふりかけご飯にみそ汁(大根の葉の乾燥)、あん肝缶詰、杏仁豆腐を食べる。
 一時止んでいた雨がまた降り始める。7時には暗くなって来た。ビールもないし、水も少ない。ラジオを持って来たのは正解であった。今日はもう寝よう。

7/10(火)
 朝4時半頃、鳥の声で目が覚める。昨夜も眠れなかった。暑い。むちゃくちゃ暑い。シュラフから足を出してもまだ暑い。きっとシュラフなしでも風邪引かない。シュラフカバーなんてもういやだ。
 多分1時頃には眠ったんではないか。とすると、4時間くらいは眠れたのか。仕方ないので横になって鳥の声を聞く。しかし、いろいろな鳥がいるのでそれぞれが歌いあって楽しい。うぐいすが鳴いている。夏に鳴くのか、この島では。
 6時半頃起床。7時に飯を作って食べる。7時45分に出発し、水を求めて村役場をめざす。しかし寝不足で具合が悪く、平成流しトンネルへ向かう坂で息が切れる。水もなくて熱中症になりそう。
トンネルを抜けて写真を撮りながらヒーヒー言って歩いていると、後ろから軽トラックがやって来た。
 おじさん「後ろ乗んな!」
 おお、今日もありがたいことに乗せてくれる人がいた。助手席のドアを開けると工具箱が積んであった。
おじさん「荷台だよ、荷台」
てなわけで、荷台に乗る。
おじさん「どこ行くんだい?」
私「村役場です」
私は荷台で風を受けながら山道(と言っても右側は崖で海が広がっている)を進む。晴れた空に海で清々しい。しかしそれにしても遠い。歩いていたら途中でダウンしていた。
村役場の前で下り、お礼を言って役場へ行ってみる。8時30分前である。まだやってないかもしれない。それに今、水をもらっても困るのでつよぴたちへの葉書を出して、集落を歩いてみる。
家そのものが少ない。郵便局を見つけてホッとする。その向かいに菊地商店を見つけてさらにホッとする。「若武者」という名の500mlのペットボトルの緑茶を2本買って飲む。
そこからヘリポートへ行ってみようと歩く。急なアップダウンの坂を過ぎるとおばあさんが電動車椅子に乗って走って来た。こんな急坂登れるんかい?
坂の上には墓地がある。左に行けば墓地。その先に広がるヘリポート。見事に何もない。柵もないし、レーダーもないみたいだ。物置のような待合所に職員がいてチケットを渡している。御手洗と書かれたトイレがある。パトカーと書かれた駐車位置がある。あと吹流し。それだけ。
私はしばらく様子を見ていて、今度は山をめざして出発。住宅地(?)を通って大凸部へ。坂を登ると誰も通らないような苔むした古い丸い石の段が続く。しかし思ったより早く頂上へ。360度の海。そしてプリンのようなかわいい丸山。
私は遠い海を眺め、ヘリポートを見る。時刻は9時20分。まだ来ていない。ここでヘリが来るのを見ていようと思った。45分過ぎて、ヘリがやって来た。やはり早い。風下からヘリポートへ近付き着地。デジカメの望遠でヘリがちゃんと見える。すごいぞ、G7。
ヘリは少し遅れて飛んで行った。私は少し下りて石段のある東台所神社へ向かう。なんかこの石段、えらく急になって来て、しかも高い。怖くなって来た。石を掴んで這い登ると神社があった。ガラス戸の向こうに祭壇。コンクリート製の本殿。ちょっと悲しい。50円をお賽銭として置く。旅の無事を祈願して出発。
細い崖の上の土の道を行くと尾山展望台への階段が現れる。てくてく下りて行くとおじさんが1人でアンテナを立てて、カメラ台をセットしていた。カメラにはNHKと書いてある。何か中継でもやるのだろうか。私はあまり邪魔しないようにして先へ進む。坂を下りると、山の尾根の形のままコンクリートで固められた所があった。これが取水所である。雨水を集めて簡易水道にしているのである。ダムの逆か?
そのまま下ると青ヶ島保育園、小、中学校、そして役場へ到着。汗だくのままキャンプ申請を出す。昨日の話をして記入。「水をいただきたい」と言って外の水道で普通に水をもらう。有料かと思ったら、女性職員はそのまま役場に戻ってしまう。
リュックに入れて来た2リットル×1本、500ml×3本の空ペットボトルに汲む。それを背負うと3.5kgか。重いなあ。しかも途中で飲むにしても500mlのお茶もある。4kgだ。仕方あるまい。そのまま他に見る所もないので、歩いてキャンプ場へ戻ることにした。
車なら4分くらいだった。しかし途中で休憩したり、百合の花をマクロで写真撮ったりしていて1時間でテントに帰って来た。暑い。日焼けした。もしかしたら熱中症かも。
12時15分から13時まで炊事場で休む。その間、テントを正しいテント張る場所へ移動させる。申請したら説明書をくれて、今の場所は張ってはいけないのだ。昨日いた人はもういなかった。そこへテントを移す。蚊や虫が多い。だからいなくなったのかもしれない。用事かもしれないけど。
13時にサウナへ出発。キャンプ場の上にあるので歩いて行くと、東屋に丸いアンテナを載せた中継車とトラックがある。NHK東京とあった。ケーブルやら何やらいろいろあり、たくさんの人がいた。やはり中継であったか。サウナに行くと14時からだった。がっかりしてテントへ戻る。14時まで葉書を書く。14時過ぎに出発。サウナは大人200円で皿に金を置くだけ。一応名簿に書く。タオルはサウナのマットと兼用である。
若者が1人先に入っていたと思いきや、休憩所で弁当を食べていた。私は風呂に入る。サウナにも入ってみたが、すでに汗をかきまくっていたので、もうどうでもいい。体と頭を洗ってクーラーで涼んで終える。青ヶ島の広報で、今週はNHKの「ふるさと一番」の中継だそうだ。広報によると明日はこのキャンプ場の下のサツマイモ畑で中継をやるらしい。このテントは全国中継されてしまうのか!! それは困る。
サウナで白い青ヶ島Tシャツを購入。管理人のおじさんはやる気があるのかないのかわからないがいいおじさんである。自販機でビール(500ml)、缶コーラ、緑茶を買う。明日はサウナ休み。このままでは汗だくで帰ることになってしまう。それはいやだなあ。
炊事場へ戻って来て、虫が出るので早目の夕食にした。無理してご飯2つ(カレーピラフ、炊き込みご飯)、缶詰(アンチョビ、馬肉、秋刀魚の蒲焼)、玉子スープを食べる。腹いっぱい。コーラは道の途中で飲み、ビールは炊事場で飲んだ。異常に喉が渇く。熱中症……かもしれない。テントには近付きたくないので、山に陽が隠れるまでボーッと炊事場で過ごす。
もう明日還住丸が出るなら、それで帰ろうと思った。見たいものは一通り見たし、サウナが休みで公衆電話も使えない。リコンファームのためにまた役場のあたりまで行くのもつらい。明日、船で八丈島へ渡り、底土で1泊するか飛行機で帰るか。もう充分だろう。
日が暮れてからはテントで日記を書く。もう全てが真っ暗。1人でこのキャンプ場にいる。それもまたよし。9時に消灯する。……しかし今夜も眠れず。今夜も雲がかかっていて星は見えない。残念だ。体がほてって軽い火傷の状態である。
いろいろ考え、少し夢を見ているようなうつろな状態。夏のキャンプは今後やりたくない。寒いのは着込めばいいが、暑いのはどうにもならない。それに蚊が多い。テント中に虫を入れないように細心の注意が必要だ。北海道なら夏に行ってもいいが。

7/11(水)
また鳥の囀りで目覚める。4時半前。早起きで困る。6時半まで二度寝。起きるとラジオ体操をやっていた。私はやらないが。天気予報によると神奈川は大雨らしい。こっちは曇り時々晴れだと。波は2.5~3mうねり有。まずいじゃん。
山には雲がかかっている。ヘリは霧に弱いらしい。そして島内放送が7時3分に響く。還住丸は海況不良のため欠航であった。もう今日は帰れない。諦めて朝食にする。白粥、缶詰(やきとり、牛肉、玉子スープ、大根の葉は今回でおしまい)。
8時頃になると、NHKの人が中継の準備に現れ、ケーブルを引いたりしている。9時にはテントを出て、役場方面に向かい、ヘリのリコンファームをしないといけない。
9時にキャンプ場を出る。昨日と同じ道程で役場へ向かう。平成流しトンネルに着く。トンネルを出た所で道に座って一休み。山の上は雲の中。こんな日にヘリは飛ぶのか不安になる。東屋で休む。坂の下で17分、トンネルで30分、東屋で45分かかる。多分役場は1時間で着く。バックパックの重装備では休憩が必要で、プラス1時間は必要だろう。8時30分に郵便局に着くには6時半に出る必要がある。とすると朝食と片付けで5時起床か。
郵便局へ行くと公衆電話のボックスが前にあった。カードを入れるが動かない。というよりカードが入らない。100円玉を入れてもかからない。郵便局で公衆電話の場所を聞くも「役場では?」と言う。ヘリポートにあったのを思い出し、待合所に行くもすでに閉まっていた。そういえばヘリは今日就航していた。この程度の雲なら飛ぶのか。しかし、ヘリポートの辺りは丁度雲の切れ間で、しかもちょうどヘリの着く時間に晴れ間が見えていた。ナイスタイミング。
さて、菊池商店へ戻り、自販機でお茶2本とコーラを買う。店内に入り、虫除けスプレーがあるかと聞くと「ない」とのこと。
仕方なく役場へ行く。役場前の電話ボックスの下には草が入り込んでいる。一応赤いランプがついているのでカードを入れる。だめである。すぐに出て来る。次に100円玉。一応かけてみるが、かける前にツーという音がしない。やはりかからない。島にある4つの公衆電話のうち、2つの電話ボックスはだめで、サウナとヘリポートは休館又は終了。AUがまったく圏外で、私は連絡手段なし。なお、役場に来る前に酒屋で電話のある所を聞くがおばさんに「今は携帯電話の時代よ」と言われる。AUはこの島では存在しないブランドなのだ。
役場で電話を借りて東邦航空へ確認の電話をする。今回は1回でつながる。確認後お礼を言って、さらに2リットルと500mlの水をいただく。やっぱり重い。島の西側の道を行こうかと思ったが、落石などがあるといやなので、やめておく。
行きと同じ道を戻る。12時になる頃流しトンネルの上でまたNHKのカメラマンがカメラを構えている。そろそろ放送か。坂の下で左へ曲がり丸山を一周する。見えなかったが、産廃や廃棄物がある。そりゃまあ、生活があるし。
三宝トンネルの上にさしかかる。急な坂のようでトラックがばしばし通っている。歩いて行くのは危ないので、三宝港へ行くのはやめた。1時過ぎにテントへ戻って来る。もう片付けは終わったらしい。誰もいない。炊事場でクールダウンして、頭と顔と腕を洗う。眼鏡も洗う。そしてテントに潜り込み日記を書く。NHKラジオの党首討論を聞きながら。明日は参院選の告示日である。
ガスボンベがほとんど残っている。朝残っていても邪魔なので、今日のうちに燃焼させることにした。15時40分炊事場で開始。終わったのは17時13分。1時間半以上燃えていた。なんとかならないか。小ボンベを見たことがあまりない。その間、私はラジオ聞いたり、顔をオールパーパスソープで洗ったりしていた。ようやく空になったボンベを持ってテントに戻る。
荷物を整理し、朝に備える。もうやることは何もない。翌朝は6時起床、7時出発。飯は桜桃と杏仁フルーツとさんま蒲焼の缶詰。あとマルチビタミン。
さあて、これで行っていない伊豆、小笠原の島は新島、利島、式根島、三宅島、御蔵島、母島である。無人島などは除いて。今度は冬にしか行かないが、逆にテント不可の島は気にしなくていいのかも。伊豆諸島から外れて南大東島とかでもいいし。

7/12(木)
 また夜は眠れず12時過ぎまで起きていた。そもそも毎日12時過ぎまで起きている人が、急に9時に寝るなんて無理だった。しかも鳥たちがきっかり日の出には起こしてくれるし。今日ほど鳥が嫌になった日はなかった。時計のアラームを5時40分と6時にセットしておいた。
二度寝して5時40分に起床。すぐに荷物を炊事場へ移動させる。その場で片付けると蚊に刺されるからだ。朝食はフルーツ杏仁と桜桃とマルチビタミン。さんまの蒲焼は食べる気力なし。嫌いな食べ物を買ってはいけない。汗臭いので体を拭く。全てセットして7時17分出発。さらばキャンプ場。ついに3日間1人だった。
バックパックにバッグ、ゴミ袋2つを持ってヘリポートへ向かう。つらい。休み休み進む。途中車がすれ違う。朝は三宝港へ向かう車ばかり。さすがにもう誰も乗せてくれない。甘えてはいけない。1人でこの道を行くのだ。5分歩いては1分休み。少しずつ歩かないと息が切れる。年取ったなあ。
8時25分くらいにヘリポートに着く。村役場の人が「キャンプですか?」と驚いていた。私は毎日役場に行っていたのだが……。まだ知らない人もいたのか。バックパックを郵便局へ担いで持って行き、ゆうパックで送る。郵便小為替を金に換えようとしたが、まだ9時前でだめだった。ヘリの待合所で手続きする。他の乗客も少しずつやって来る。東電とか仕事関係の人が多いが大凸部で会った観光の男もいた。
保安検査は棒の先に輪っかのついたような金属探知機。ロープで区切った所を歩いてヘリポートへ行く。とても簡単なシステム。雲が多いが海は見える。風は少しあった。
9時40分にヘリが到着。初めてヘリに乗るが、怖さよりも早く帰りたいという気持ちが勝っていた。ヘリに乗るとコックピットも2列前。9人乗りでとても狭い。出発したが揺れはない。エンジンの震動と音はすごいが、揺れないのはすごい。25分程で八丈島へ着く。飛行機だと雲の上を飛ぶが、ヘリは雲の脇をすり抜ける感じ。高さ800~1000mくらいを飛行しているのかも。梅雨前線の雲が遠く本州の方に広がっているのがよく見えた。八丈島に着くと、八重根から三原山の方を回って滑走路へ進入する。底土側から入るのでグルッと旋回し、町がよく見える。普通の飛行機のように斜めに降りて行く。てっきり垂直に着陸すると思ったのに。
荷物を受け取るとタクシーでふれあいの湯へ。客は地元の人しかいなかった。窓は全開で駐車場から丸見えである。ようやく体を洗ってすっきりすると休憩所で一休み――と思いきや! すぐバスが来るではないか。おばあさんに「どこまで行くの?」と聞かれ「護神」を「ごじん」と言うと「ああ、ごしんね」と言われる。バスが護神に着く頃大雨になった。急いで壊れたユニクロ折りたたみ傘をさし、「あそこ寿司」へ。
客はいなかった。11時50分に入ったのに。普段は誰もいないのか。ビールと島寿司を頼む。島寿司が出てくると、やはり板前さんの説明。やっぱり全て覚えきれない。久し振りのまともな食べ物。やっぱり非常食はしんどいな。寿司は旨かった。店内には7月7日付の「ふるさと一番」のサイン色紙があった。
板前にタクシーを呼んでもらい、空港へ。もう見る物はない。空港でお土産を買い、レストランで3人への手紙を書き、この日記をつけている。それでも14時。飛行機は16時10分発でまだ2時間ある。なんかクーラーが涼しくて眠くなってきた。
これで飛行機が欠航したらどうしよう。なんてことを考える。八丈島で足止めは勘弁してほしい。八丈エアポート逸品会でお土産を買う。青酎35度と黄八丈を買う。あとは適当に。あっちフラフラこっちフラフラして時間を潰す。
お土産を買ったのは、たまにはお金を落としてあげないといけないかなと思ったから。なにしろ青ヶ島では飲料にしかお金を使っていない。牛祭りTシャツ買うのがやっとか。八丈島も最近お土産なんて買っていない。
 そうそう、案内所に御蔵島のパンフレットがあった。なかなかよさそうなのである。黒潮丸に大島から乗りたい。
 16時10分飛行機に乗る。待合所で買った漫画を読んでいるが、梅雨前線を突っ切り、それなりに揺れた。ヘリの方が快適。17時過ぎに羽田に着く。てんぷらに帰還したとメールすると「焼肉食べたい」とのことで、地元へ戻って20時過ぎまでのらくらと焼肉とビールで帰還祝いをした。

【投稿】2010年12月27日~31日 大島キャンプ

八丈玄 投稿シリーズ4
この記事は、当ブログの読者でありキャンプ仲間でもある八丈玄氏によって投稿された文章です。
記事本文の著作権は八丈玄氏に帰属し、管理・運営はtokufanが行います。
伊豆諸島へのキャンプについては当ブログでもたびたび触れてきましたが、写真の掲載が主でした。
離島独特の雰囲気が伝わってくる八丈玄氏のキャンプ日記を、どうぞお楽しみください。


2010年12月27日(月)
 今年のキャンプは大島である。あっちだこっちだと言っていたら、てんぷらが「大島だ!」と強く主張するので大島になった。今年こそはジェットフォイルで久里浜に帰りたい。
 19時30分横須賀中央駅に集合。キムチはすでにいた。30分過ぎにてんぷら登場。顔が赤い。酒を飲んでいたらしい。飲んでない人からすると、こんなに酒臭いものなのか。
 快特に乗って大門へ。浜松町のビルができ、まったくもっておしゃれになってしまった。てんぷらが「ラーメン食べたい」と言ってわがままを言う。コンビニで、てんぷらがボジョレーヌーボーを買う。ワイン好きめ。
 券を受け取り、居酒屋「椿」で生ビール。てんぷらが焼豚ラーメン、キムチがうどん(コロッケ付)を頼む。安くてよろしい店で、イズシチ丸より閉店が遅い。今後も利用することになりそうだ。
22時出港。ワインをAデッキで飲む。新年のステージがあったので、そこに座る。客は少なめ。11時まで羽田を見たりして、特2等で就寝。303番は狭いような気がする。そして客室が暑かった。羽田沖で八丈島行きのさるびあ丸が、我らがかめりあ丸を追い越して行く。意外と早い。

12月28日(火)
 朝5時半に目覚める。まだ真っ暗な空。5時50分に岡田港に着く。バスに乗り、元町港へ向かう。350円だった。7時まで船待合所で休み、椿園ホテルまで歩く。白々と明けた空を見ながら元町を歩く。平日であるが誰も歩いていない。地図も見ないで記憶だけで歩く。火力発電所の前を通ると思い出した。そうだ、アシタバ研究所の前に椿園ホテルがあったことを。その前に塩を作っている工場があった。てんぷらが「それと間違えた」と言っていたが、その隣にアシタバ研究所があった。私の記憶は正しかった。
ホテルの敷地に入って、椿の木のキャンプ場へ行く。やっぱり傾いている土地。苔も生えていて湿っぽい。てんぷらは「ここがいい」と言うが、一応フロントに行ってから決めることにする。フロントで料金を支払って、説明を聞く。芝生の所もテントOKであった。一応見に行くと明るいし、ガラスの破片も落ちてなくて、いいじゃないか。
というわけで、芝生のキャンプサイトにした。テントを張って11時まで寝る。11時に起きて、てんぷらは「こんな時間まで寝かせるなんて!」と言う。
 そう言えば、寝る前に家から持って来た米を炊いて、焼き鳥の缶詰をおかずにして朝食を摂った。米が生で、とても消化に悪い部分が一部あった。水が少なかったので、「綾鷹」を少し入れてみた。茶粥みたいなものか。トイレは1回流すと次は流れなかった。タンクにあまり水を入れていないようだ。ライトもない。昔のままの怖いトイレであった。
 元町へ買出しに行く。「べにや」というスーパーで食材を買う。私とてんぷらが店を出ると、キムチは外にもいなかった。私が店内を探しても見当たらない。2人で港に向かって歩く。キムチにメールすると「逃げたな!」という返事が来た。電話しても留守電である。
仕方なく元町港までてんぷらと行き、酒屋を探すと2つは閉店で、結局べにやの前の酒屋に町を一周して戻り、酒を買った。キムチからメールが来たのはホテルに戻る途中で、すでにテントにいるらしい。ようやく2人がテントに戻るとキムチはテントで横になっていた。ビールを飲み、スモークサーモンをつまみにする。すでに14時20分。てんぷらもキムチも本を読んでいる。空にはジェット機が飛び回っている。空自の練習だろうか。もしくは米軍。
私たちはやることもなく、テントで寝た。私は日記を書いていたが17時頃眠って、18時11分に目覚める。ホテルの温泉は18時から入れるので、慌てて準備してホテルに向かう。500円払って温泉に行く。ホテルに客は1人もいないようだった。温泉の男湯の電灯もキムチが点けた。温泉は露天風呂もあって、なかなかよい。他に入浴客もいなかった。
30分程で出ると、申し訳ないのでビールを自販機で買う。ロビーの電気も着いていない。私たちがいなければ、多分誰もいなかったのではないか(ホテルの人が)。
テントに戻り、ぐずぐずしながら夕飯の準備を始める。今夜は焼肉(コンロを持って来た。炭の奴やつ)。てんぷらが炭に火を点けるも怖がってなかなか点かない。私は火が上ってタープを焦がすのが心配だったが大丈夫。雨が降って来た。遠くでは雷も鳴っている。
私はまたテント外で、腰かけも忘れて来たのでビールの厚紙と新聞紙を敷いて座る。その前に3人用テントに入れさせてもらったが、やはり狭いので外にいることにした。てんぷらが「野菜焼きにしたい」と言うので野菜を洗って来る。野菜はたまねぎ、ニンジン、ジャガイモ。ジャガイモ焼きは私はやらないので「え~~」とか言ったが、てんぷらは「え? 食べるよ」と言って、きれいに3人分切ってくれる。肉より先に野菜から食べる。私はなんだか生焼けの状態が多かった。野菜の次に肉になる。100g198円の焼肉用牛肉。しかし、どちらかと言うと鉄板焼き用で、肉がボロボロと崩れていく。私は炭火が弱くなっていくのを悟り、鍋の蓋で残りの肉を焼く。その後11時まで起きていて就寝した。風が強い。

12月29日(水)
 トイレに行きたくなって、1時半過ぎにテントを出る。もうなんというか真っ暗。ホテルの事務室は電気も点いているが、外灯もなく、暗闇でトイレもかなり離れている。ヘッドランプを消して、空を見上げると星空が広がっていて、底土よりもはるかに星が光っている。よく見えるのがよろしい。今夜は月もなく素晴らしい。ここのトイレは利用しにくい。一番左のトイレは水が流れず、電灯もない。小の方は左は水が流れず、右は漏れて床に流れる。炊事場も電灯がない。どうもここはキャンプ場をやる気がないような気がする。
テントに戻り、7時過ぎまで眠る。朝てんぷらの声で起こされる。朝食は目玉焼き、ウィンナーとほうれん草を茹で、インスタントのみそ汁を飲む。米の量はシェラカップ(250mlくらい)1杯で3人分とわかった。昨日は多過ぎた。ホテルの前の板には2つの客の名前があった。今日は客がいるらしい。
それから、もたもたと食器を洗い、コーヒーやら紅茶を飲んでいるうちに11時。3人で溶岩流跡の遊歩道を見に出発。その後元町へ行き、海市場へ行く。さざえが買いたかったが、入荷待ちだった。とこぶしは1kg3900円くらい。とこぶし25~30個。1個ずつは売ってないらしい。べにやスーパーに寄って、くさやや岩のりを買った後だったが、もう一度べにやに行き、ホタテ、べっこう、ぶり刺身、ビール、ジェノバ風ポテトチップ(カルビー)を買う。元町を昨日から何周しているのやら……。腰かけを探すもなく、そのままキャンプ場に戻る。キャンプ場のテーブルでビールを飲みながら刺身を食べる。
私はさらに焼酎「御神火」5年物を飲む。2人に飲み過ぎと言われる。自分でもそう思う。しかし、てんぷらの方が肝臓はヤバイと思う。私は多分脳の方だと思うが。3人は夕方の風呂までテントで思い思いに過ごす。私はコーヒーを飲みながら日記を書く。キムチは眠っている。本当によく眠る男だ。てんぷらは「化物語」を読んでいたが、いつの間にか寝ている。
ラジオの音だけが響く。いや、鳥の囀りも盛んだ。白い猫も住み着いているらしく、いつもこの辺りをチョロチョロしている。上空には飛行機もしょっちゅう飛んでいる。快晴の空に風が舞う。段々日が傾いてきた。今日も椿園で温泉に入るつもりだ。客も少ないし、キャンプ客は入浴料が500円でリーズナブル。ちなみに御神火温泉は1000円。
波は高く、ジェットフォイルは今日も天候調査中の案内が出ていた。椿はすでに咲き誇り、杉の木も花粉を大量に撒きそうなくらいにおしべが黄色い。そう言えば、キムチが朝目玉焼きを焼こうとして、オリーブオイルを鍋の蓋で熱していたら火が出た。キムチのプリムスバーナーは火力が強くて、焼き物には不適である。
もうそろそろ年末キャンプも潮時ではなかろうか。島を回る気持ちもなく、ただテントでゴロゴロいている方がよくなってきた。寒いのも辛いし、何がしたいというわけでもなく、ただゴロゴロしに来ているだけ。「それでいいのか」と言われれば、「これでいいのだ!」と言ってしまうが、ぼちぼち違うこともしてみたくなってくる。つよぴは山に行っていたし。
18時にホテルの風呂に行く。今日も3人だけ。しかし、今日は宴会と宿泊が入っているので、ホテルにも電灯が点いている。庭にも外灯が点いている。私たちは客ではないのか。風呂にはゆっくり入るようにしている。湯冷めしないようにである。テントに戻り、焼酎を飲みながら夕食の準備をする。
ホタテをべにやで買って来たので網で焼く。私は鍋の蓋の上で焼いた。味付けは3人ともバラバラ。私はオリーブオイルを少し入れ、焼酎も少々。そして醤油。てんぷらは「焼きホタテにしたい」と言っていたが周りに止められて、初めは鍋の蓋で焼いていたが、最後は網で直火で焼いていた。キムチは1つのホタテを丁寧に焼くスタンダードな味付け(鍋の蓋で)。ホタテの後はくさやを焼く。臭い煙は周囲に満ちるが、風向きが幸いにも逆側へ流れる。その後カレー。キムチの趣向で牛挽肉を入れて、キーマカレー風にする。
私は300mlも焼酎を飲み、酔った。「玄爺はいつもこうなって壊れる」と言う。そういう2人もワインを2人で1本飲み干してるじゃないか。3人とも饒舌だ。11時に就寝。てんぷらは昼寝で眠れないのか、向こうのテントから話してきていた。しばらくして寝る。私は夜2時頃トイレに行く。暗いが、慣れてきた。怖くない。真ん中のトイレは水が流れ、ちゃんと電灯のスイッチも入ることがわかった。風が強いが、空の上で風が泣いている感じ。星空は、今日は半月が出ていて、昨日ほどは見えない。

12月30日(木)
 夜3時30分頃起きていた。もう眠れないらしい。いつも朝早く起きていたから。私は寝る。7時11分に目覚め、食器を洗う。私は今回コゲ落ししかしていない。朝食はコンソメスープでネギとほうれん草などを煮る。米は少なめ。10時20分頃フロントに行ってレンタカーの手配をしに行く。
若いお姉さんが出てきて、「私もよくわからないんですが~」と言いながら電話をしてくれた。1つ目、ト○○レンタカーは「今日は年末でトラックしか空いてない」との冷たい回答。2つ目は「海○レンタ」に電話してくれた。OKとのこと。ただし、岡田港から行くので、20分程かかるとのこと。キムチと私はテントに戻り、てんぷらに報告。もう化物語上巻を読み切ってしまったてんぷらはのんびりしていた。それまでは「いつ出発するんだ」などと現場監督のようなことを言っていたのに。
3人で待っていたら、20分どころか40分以上待たせてレンタカーが到着。軽自動車で波浮港へ向かう。バウムクーヘンのような切断面を見て港へ。途中、トウシキキャンプ場へ行くと1人キャンプしていた。風が強く、私たちにはかなり困難な場所と見た。波浮港ではバスがいた。後部がだいぶせり出してバス停に止まっていた。お巡りさんがパトカーで来ていて、観光客の求めに応じてパトランプ点けたり、子供に座らせたりしていた。昔に比べて港町の家がなくなっていて、寂しくなっているような気がした。てんぷらがコロッケ食べたいと言っていた。コロッケを売っている店が一番奥にあったのだ。
車で筆島に向かうと行き止まり。落石があったようだ。少し戻って迂回路を通って、大島公園の動物園を見る。去年できたようで全て新しい。無料でいろんな動物が見られた。これなら300円くらい取ってもいいような気がする。あじさいロードを通って、三原山の茶屋へ行く。終バスがいた。店は1つしか営業していなかった。客も1組しかいない。さざえが食べたかったが、売っていなかった。三原山を写真に収め、割れ目火口に向かう。少し見て、車で岡田港へ。
ちょうどジェットフォイル熱海行きの出港であった。雨が降って来た。出港に合わせて岡田港のお土産屋も閉店していた。さざえはここにもなかった。その2階のレストランも終了していた。この島は船を中心に回っている。海市場のとこぶししかないのか?? 車でべにやに行く。私とキムチが「肉は買わない」と言うとてんぷらは拗ねてしまった。私はカラムーチョ、キムチはパンを買う。てんぷらはめげずに焼酎を購入していた。私は自販機でココアを買って飲む。そう言えば、べにやの看板は某アニメのキャラだった。著作権の使用許可をもらっていればいいのだが。
ホテルに16時30分に戻ると、レンタカー屋がやって来て、さっさと車を持って行った。あたかも「早く戻せ」と言わんばかりである。とにかく客扱いされていないような気がする。レンタカーは宿泊客扱いで割引が効いたが。
雨が降って来た。テントでカラムーチョをつまみにビールを飲む。鍋を洗い、野菜を切った後に、であるが。ラジオでは国際アマチュア大会をやっていた。NHKで。18時に風呂に行く。客は他に入浴している人がいた。宿泊客も何組かいたようだ。今日は風呂で眼鏡を洗う。
テントに19時に戻って、カレーを作り始めた。私はキムチのプリムスバーナーで米を炊き始める。プリムスのはコンパクトだが、火は一点集中で弱火にできず、底の方が必ず焦げるということがわかった。カレーはキムチがじっくり煮込んで作る。米は昨日よりも多め。一気に食べる。
 焼酎を少し残った分を飲む。19時からNHKで「アニメ今年の10作品」の2時間トーク番組を聞く。てんぷらが一番盛り上がっていた。10時頃には就寝した。雨が降るとニュースの天気予報では言っていたが、夜は雲があるものの星も見えていた。

12月31日(金)
 4時前に目覚め、トイレに行く。これでてんぷらがガサガサ音がして目が覚めてしまったと、後で怒っていた。仕方ないじゃないか。小さいテントでは何をするにもゴソゴソ音がするのだ。そんな私はうとうとと8時過ぎまで眠る。
てんぷらに起こされて目覚める。今朝もキムチは起きて来ない。食事ができる頃ようやく起きて来るのだ。困ったものだ。鍋を洗い、今日のメニューは残り野菜(長ねぎ2本、白菜、小松菜、ジャガイモ、ニンジン)のコンソメスープ。青森土産のほたてうにの味噌煮のインスタントに長ねぎを焼いた物の卵とじ。みそ汁、コーンスープはインスタントと言った次第である。
米に島のりを入れて、一緒に炊いてみた。これと言って味も素っ気もなかった。そもそも炊き込みご飯にするにしてもインパクトが足りない。所詮実験ということか。次のキャンプでは炊き込みご飯に挑戦してみたいものだ。……行くのなら。もう今年で最後かもしれないし。実際しんどくなってきた。寒いのとか、何か作って食べるのとか。
 朝食を作っていると大島町の放送が流れる。飛行機は1便欠航になったが船は出るらしい。この放送、椿園キャンプ場ではちょっと聞き取りにくいんだよなあ。
 片付けも終わって元町港に行くことにした。ホテルの人に一言言いに行くと、階段の掃除をしていたおばさんがしゃがんだままくるっと振り向き、「また来て下さいね」と言っていた。まあ、なんと言うか……最後まで客扱いされていなかったような気がするキャンプ場であった。逆に何も干渉されないので自由だが。あと、トイレと炊事場はもう少し綺麗に、というか改修してほしい。あんまりキャンプ場をやる気もないんだろうけどね。便利な場所にあるから続けてほしい。温泉はキャンパーには700~1000円でもいいのではないか? 私らはそんな、リスや鳥の多いキャンプ場を後にして、元町港の待合所へ歩く。
ジェットフォイルは天候調査中であった。この「天候調査中」という言葉もいい言葉だ。どうとでも言えるナイスなセリフである。富士山が見えたので外に出て写真を撮る。昨日より波が高いが大丈夫か? また大型客船さるびあ丸になってしまうのか? それは竹芝ルートである。面倒臭い。2日前に立ち寄った土産物屋「みよし」に行くと、2日前に話をしたお婆さんともう一人のお婆さんが店番をしていた。私の後ろからキムチも店に入って来た。私があしたばサンド(24枚入り1050円)などを職場の人に配るために買おうとしたところ、お婆さんが「あしたばゴーフレット(12枚入り630円)の賞味期限が11年1月30日までだから400円にまける」と言っていた。それならと5箱買う。私の職場には60人近い人がいるのでこうなる。それとあしたばチョコも買う。船の待合所に戻ると、てんぷらは量りでバックパックの重さを量っていたらしい。私も量るとバックパックは約13kg、バッグは5kgくらい。手荷物料1000円にか重さではOK。3辺の和は微妙にオーバーしそうであったが、私が券を買いに行こうとするとてんぷらが「そんなの言われたら買えばいい」と言う。
13時11分のバスに乗り、岡田港へ。2階の待合所に荷物を置いて、入口の脇でさざえを焼いているおばさんに声をかける。
「2つ下さい」
1つでさざえ1つと思っていたら、2つであった。しかも、はまぐり1つをおまけしてくれた。てんぷらと2人分買う。今まで買い物でもらったくじ引き券をあげると「孫に渡す」と言う。くじ引き開催は1月6、7日なので、私たちは使えないのだ。
2階に持って行き、てんぷらとさざえを食べる。念願のさざえである。酒で味付けしただけである。醤油は使っていない。これでもいいんだと私は思った。キムチは1つあげようとしたが「いらない」と言う。港に「アイランド虹」が入って来て、その後「夢」が入って来る。利島などに行かなかったと思われるさるびあ丸も停泊していた。さるびあ丸と「虹」の間に「愛」はうまく接岸する。上手いもんである。すれすれの所を入って、ピタッと止めた。
 14時40分発でジェットフォイルは出発。中は自販機、トイレもあるが飛行機に近い。シートベルトも着けないといけない。音もジェットエンジンなのでジャンボと同じような音がする。さすがボーイング929。
 海上をグングン進んで行く。時速70㎞だと、まったくもって速い。途中、海洋生物が多い所では少しスピードを遅くして航行。三浦半島が近付いて来ると再び加速。1時間で久里浜に着いた。
 バスで久里浜に行くと、てんぷらがどうしてもラーメンを食べると言う。しかもいつもサンマーメンを食べていたあの店で。……名前が出て来ない。最近いつもそうだ。人の名前が出て来ない。いい間違い。字の書き違いがしょっちゅうだ。老化が始まったのかもしれない。
 私も味噌バターラーメンを頼むが、お婆さんにバターを忘れられる。てんぷらは味噌ラーメンにギョーザ。キムチはサンマーメンを食べる。その後、今度は私が1杯飲みたいと言い「一升屋」に行くも年末で休み。どこも5時前で開店してないので、「和民」の前で20分くらい待つ。2時間程飲んだが、ラーメン食べて腹いっぱいでギブアップ。
私はてんぷらとJR横須賀線で横須賀駅まで行く。てんぷらはカウントダウンの会場を見に行ったが、私はバスで家に帰った。片付けは元日にして、今日はキオスクコンビニで買ったビールとIWハーパーハイボールを飲んで寝よう。

【投稿】2009年12月29日~2010年1月1日 八丈島キャンプ

八丈玄 投稿シリーズ3
この記事は、当ブログの読者でありキャンプ仲間でもある八丈玄氏によって投稿された文章です。
記事本文の著作権は八丈玄氏に帰属し、管理・運営はtokufanが行います。
伊豆諸島へのキャンプについては当ブログでもたびたび触れてきましたが、写真の掲載が主でした。
離島独特の雰囲気が伝わってくる八丈玄氏のキャンプ日記を、どうぞお楽しみください。


2009年12月29日

 19時30分、横須賀駅に集合。キムチはすでにベンチで待っていたものの、てんぷらはまだいない。ウィーンに行く時も遅れた。
 ここでウィーンの話を書くのも何だが、12/23~28まで、てんぷらと私はウィーンに行っていた。12/25は「くるみ割り人形」、12/26は「マクベス」をウィーン国立歌劇場で見るためだ。やはりウィーンはすごい。街は石造りのまるでそのまま博物館のようであった。食べた物はシュニッツェル、グーラシュ、ザッハーのブラウナーとトルテ。トラムの停留所のシュニッツェルサンドウィッチとピザ、そんな所か。昼はリンゴ。てんぷらはカフェに行こうともしなかった。ツアーで付いていたカフェの券を使って、ザッハーに行ったきりだ。
 さて、八丈島行きの話に戻そう。と言っても、いつものように横須賀線でビール片手にゆっくりと竹芝へ。かめりあ丸で特2等。出港をちょっと見て、ビールを飲んで23時には寝た。

12月30日

 飛行機の11時間と比べて船の11時間の楽なこと。やはり横になれるのは素晴らしい。しかし、ビール2本でちと飲み過ぎ。9時10分底土港に到着。テントを張って八丈ストアへ。土産の青酎「伝承」を買う。これは青ヶ島の中で作った芋などをのみ使って作った一品らしい。それを購入。今年はBBQをやるので肉を多めに買う。てんぷらが「ぶど」という八丈のどろどろした感じの謎の物を欲しがっていたが却下。量が多くて、1400円もするのでパスした。
 はまゆうでお土産の焼酎を3本買い、ゆうパックで家に送る。もちろん「伝承」もである。はまゆうには「伝承」は置いてなかった。
 午後、ストアで買ったづけ寿司とウィーン土産のモーツァルトチョコをつまみにビールを飲んだ。八丈書房で買った週刊少年サンデーを読み、テントで年賀状を書いていると2人は寝てしまった。つまらない。年賀状も書く気力がいまいち出て来ない。日記を書こうにもネタがあまりない。仕方なくビールをもう1本飲む。
 気付くと、ブルーシートを張った怪しいテントが。そう、いつの間にかこのキャンプ場はホームレスの人々が5人ほどいて、派遣村みたいなことになっていた。ダンボールハウスではないが、ここで越年するつもりらしい。ひげの白髪おじさんが2人、そして海側には3人がいる。世相を反映しているようだ。他にはバイク乗りチームとその他普通のキャンパー、そんな感じらしい。ホームレスの人々は魚の干物を作って生活しているようだ。
 キャンプ場のトイレが新しくなっていた。7月に来た時にはすでに新築だった。今日は曇っている。雨の予報はないが、31日から1日にかけて東日本は大荒れらしい。帰れるかなあ。なんか毎年そんなこと言ってるけど。今年は3日まで延長してもいい気分である。ガスボンベは少ないがはまゆうで売っていたし、その気になれば八丈ストアで弁当も買える。
段々手抜きになっている。正直今年辺りが冬キャンプも潮時ではなかろうかと思っている。10年よく続けたものだ。1回は北海道旅行にしたが、その後も続けている。それはすごいことではないかと自画自賛してみたりして。
5時から夕食。今日は焼肉である。小型BBQセットは便利だ。黄八丈を1人でぐいぐい飲む。ビールも2本飲んだ。そう考えると今年はよく焼酎を飲んだ。さすがに4月以降は抑えたが、それでも週3日は飲んでいた。おかげで少し脳が溶けたのか、頭が悪くなった。言い間違い、記憶違いも増え、何も思いつかない。しかしとても気楽な毎日だった。1~3月はもううんざりな毎日だったが。
 その後、カレーを食す。7時半には終了。そのまま眠る。夜中目覚めると11時40分。トイレから出ると豪雨。ずぶ濡れでテントに戻る。おかげでズボンがビショビショでシュラフの中も湿ってしまった。3時過ぎまで眠れなかった。

12月31日
 朝6時に目覚め、7時頃までゴロゴロする。外は大雨。朝食はシチューと目玉焼き。卵が割りにくく(鍋の底で割った)グシャッと潰れ、2人に笑われる。
 そう言えば、昨日ホームレスチックなキャンパーのおじさんに
「テントの張り方がわかんなくて、見たらあんたのテントが似てるからテント見せてくれ」
と言われたので
「やです」
と即答した。自分で立てられないならキャンプに来るな。そのテントは今朝なくなっていたので、船で帰ったのかもしれない。
 雨は依然止まず、私たちは温泉に行くことにした。釣りはなし。風も強いし、もう無理である。11時52分第二保育園発のバスに乗ることにした。それ以外にやることもない。キャンプ場を出発し、第二保育園のバス停に行く。出廻りの前の信号で赤になっていることに気付かず、そのままずがずがと歩いてしまう。軽トラが止まって、待っていてくれた。てんぷらに言われて慌てて歩く。目の前しか見ていなかった。この頃結構朦朧としている。というよりウィーンからの疲れがかなり溜まっているようだ。
バス停で待っていると、パトカーが猛スピードでサイレン鳴らして神湊方面へ走って行く。横須賀でも見たことがないスピード。きっとベタ踏みの加速。八丈警察怖いっす。結構大きな事件なのか、その後何台も走って行く。バス停の近くの駐在所のパトカーも走って行った。(これはあまり急いでいない)
バスが来て乗り込むと、運転手さんに「BU・S・Pa」を勧められる。これは町営バス(コミュニティ路線を除く)とふれあいの湯、やすらぎの湯、みはらしの湯に2日間乗り放題、入り放題の券である。1000円。3人で購入し、ふれあいの湯へ行く。ふれあいの湯の入口の所で山に向かう新しい道が作られていた。温泉では相変わらずてんぷらはからすの行水。
1時間後帰りのバスで東畑まで行く。海は荒れて、白い大きな波が島を攻める。これでは石も丸くなるなあと思いつつ、東畑へ。近くの沖山商店でポスト(懐かしの1号ポストである)に年賀状50枚を投入し、店に入る。黄八丈、ビールなどを買い、坂を下りてキャンプ場に戻る。てんぷらはぐーすかテントで眠ってしまったが、私は米を炊き、シチューを作り始める。もちろんビールを飲んでいい気分であった。3時頃から作り始め、飲んだりしていた。飛行機が強風に煽られて、3回着陸を行って、3回目にようやく着陸できた。よかった、よかった。その後夕方には第2回焼肉大会の開催となった。その間雨は降ったり止んだりで、風は相変わらず強い。寒い。
私はそんな中、外のタープの下で焼肉を始めた。これが湯冷めの原因になろうとは、酔った私には思いも寄らなかった。今回のシチューは残りの野菜を全て投入した。翌朝はさっき沖山商店で買ったカップラーメンにします!! というわけで、もう食材は必要ないのであった。ブラウンシチューを作り、私はご満悦。でもそれは酔っている証拠に過ぎない。てんぷらが起きた頃に焼肉を開始。始めはエリンギを薄く切ったやつから肉へ。そして残りのソーセージを焼く。私はオーストリア航空の塩、胡椒のみ。てんぷらとキムチは焼肉だれを使った。キムチが「焼肉とご飯」と言うので先にご飯を炊いた。今回は半生が多かったのがちょっと無念。
17時頃八丈町の放送で明日の船が欠航と伝えられる。慌ててANAの携帯サイトで予約をするも私のカードの番号にいまいち自信がない。キムチの携帯から予約する。
まあ、酔っ払いのキャンプは12時まで続く。9時にはテントに入っていたが、てんぷらが騒ぐので12時まで眠れなかった。ちなみに赤ワイン1本と黄八丈1本をてんぷらと私の2人で空けた。キムチはほとんど飲めず。酒量がもう普通じゃないと思います。
てんぷらは紅白好きなので最後まで見ろと強要するので困る。私は歌はあまり聞かないし、芸能界にはうとい。関心がない。しかし今年は仕方なく最後まで付き合ってやったと言うべきかもしれない。ビリッと10年以上着てきた上着ポケットが破れてしまった。キャンプには毎回これを着てきたのに。やはりもう糸が古いし、限界だったのかもしれない。ありがとう青の服よ。もう疲れたであろう。これで破棄となってしまうが、ゆっくり休んでくれたまえ。

2010年1月1日
 まあ3時頃目覚めて、鼻水と寒さ(熱は出ていない)で朝まで寝れず(6~8時は眠れたらしい)、朝9時前に起床。赤いきつねを食べる。底土の船待合所に行って復路の2等3人分をキャンセルして現金をもらう。テントで金を清算した。外は相変わらず雨だったり。しかし昨日ほどではない。
10時から撤収開始。1時間かけて片付ける。私のテントのグラウンドシートはおかしい。水を溜めて水浸しである。使わない方がましだ。モンベルには言った方がいいのか。それとも私の使用法がおかしいのか。
 11時に底土キャンプ場を出る。私は朝から鼻水が止まらない。やはり鼻風邪か。ウィーンからここまでずっと旅だしな。もう、しばらく旅はいいや。
 再び第2保育園のバス停で、空港行きのバスを待つ。これもBU・S・Paで乗れる。空港でごろごろして14時5分の羽田行きに乗る。羽田では4階のイタリア料理屋(?)でビールとピザ。そのまま京急で帰って来る。18時前に家に着く。ああ、本当に疲れた。
次のキャンプは1人か、もしくはキャンプ場のない利島、三宅島、御蔵島にしようと思う。もしくは九州の硫黄島か沖縄の南大東島でのキャンプ。あるいは韓国ツアー(……?)

【投稿】2008年12月26日~30日 神津島キャンプ

八丈玄 投稿シリーズ2
この記事は、当ブログの読者でありキャンプ仲間でもある八丈玄氏によって投稿された文章です。
記事本文の著作権は八丈玄氏に帰属し、管理・運営はtokufanが行います。
伊豆諸島へのキャンプについては当ブログでもたびたび触れてきましたが、写真の掲載が主でした。
離島独特の雰囲気が伝わってくる八丈玄氏のキャンプ日記を、どうぞお楽しみください。


2008年12月26日(金)
 今年はいろいろあった年であった。そんなわけで、一年の締めくくりは1人でのんびりキャンプしようと思ったのだが、しかし! 結局4人でキャンプに行くことになった。つよぴは25日夜に出発したものの、船が大島止まりとなり、竹芝に戻って来た。
 19時40分には家を出て京急で大門駅へ。そこから竹芝桟橋へ行きました。てくてく……。つよぴは本屋に行くと言っていたので、まだ待合所にはいなかった。AM/PMでチキンドリアを買う。バッグを担いで歩いていると後ろから引っ張られた。つよぴがいた。
船に乗り込むと、私はすぐにレストランに向かう。まだ準備中で、男が1人入口でもうすでに待っていた。食券を買って席に行く。無論、生ビール。つよぴもやって来た。乾杯してだらーっと30分程過ごす。私は特2等、つよぴは2等和室。すごく狭いらしい。私は昨夜眠れなかったので、キムチとてんぷらを待たずに横になる。2人は横浜から乗って来て、3人で私のベッドまで来たと言っていたが、とっくに眠っていた。目が覚めたのは2時だった。

12月27日(土)
 あまり揺れもなく、少し遅れて多幸湾に着く。やっぱりバスはもう出発していた。待ってくれない。待合所でタクシーを呼ぶ。都島タクシーであった。沢尻湾まで行く。テントを張ってから「よっちゃーれセンター」へ行く。センターの後ろには「まっちゃーれセンター」が出来ていた。1階に観光協会があり、またしても「かなしばり会」の団体名でキャンプ場の届をする。よっちゃーれセンターの2階で昼食にした。私とキムチは「ぴりからづけ丼」、てんぷらは「さしみランチ」だった。
 ちなみに、つよぴは多幸湾からバッグを担いでそのまま天上山に登って行った。風は相変わらず強い。私たちは昼食後そのまま神津ストアへ向かう。狭い路地を歩いて行くが、ここは風がない。ストアで買い出しをして坂を下ると、浜のお土産で酒を買う。島内限定の「島」という盛若の焼酎とビールを買う。
 テントに着いてしばらくすると、つよぴが歩いてやって来た。テーブルで酒を飲みつつ、だらだらと過ごす。隣には民宿から軽自で送ってもらったおばさんが1人でキャンプするらしい。
 16時になり、私はリゾットにチャレンジする。みんな嫌がって食べようとしない。せっかく神津ストアでオリーブ油とパルメザンチーズを買って来たので作ってみた。オリーブ油で炒めると米が焦げた。コンソメスープを足して煮る。自分の事務所から持って来た味付け海苔を千切って入れて、チーズを入れて混ぜる。完成した物ははっきり言って不味そうだった。みんな(キムチとつよぴ)は、写真は撮るが食べようとしない。2人前を一気に1人で食べる。アルデンテ以前に半分生米であった。食べ終わってキムチテントに行くと、つよぴが焼酎を半分くらい飲んでいた。
夕方暗くなってから、つよぴがカレーを作ると言って騒ぎ出す。鍋にたまねぎを入れ、その後ジャガイモ4つも大切りで入れてしまう。しめじとニンジンも入れ、最後に肉を入れていた。酔っ払い料理である。つよぴが「黒いナイフがない。どこだ」と言って探していたが、自分のポケットに入っていた。私は仕方なく米を炊く。リゾットで腹いっぱいだったので、カレーを少し食べただけだった。つよぴは昼を食べていないので、空腹で焼酎を飲んでいたようだ。
 19時30分温泉へ行く。星空がきれいだ。底土より周りが暗いので星の数が多い。雲がまったくなく、月も出ていないのでよく見えた。天の川もわかった。デジカメの望遠で少しは何か見えるかと思ったが、それは無理だった。温泉でサウナに入る。今年は不景気のせいか来島者も少ないような気がする。温泉の後、休憩所でドクターペッパーを飲んだ。夜道帰る時は洗ったばかりの眼鏡を外して歩く。また塩まみれになってしまうからだ。昼よりも風が強い。タクシーの運転手も観光協会の人も「だんだんおさまる」と言っていたのに、逆に吹き荒れる一方だ。こんな日はさっさと寝るに限る。21時半には就寝。てんぷらはまだ話したそうだったが。

12月28日(日)
 いつものように悪夢を見る。6時に目覚め、7時までゴロゴロしていた。7時には煮炊き開始。今朝は目玉焼きに味付け海苔だけの食事。その前にジャガイモスープを鍋で2袋分飲んだ。つよぴは朝も食べずにテントを片付けて、8時37分のバスに乗って行った。今日は船は出る。明日からまた海が荒れそうと言う話もあり不安だ。コーヒーを珍しく飲み、テントで10時まで日記を書く。今こうして3日分書いている。
 キムチは北へ向かって、私とてんぷらはジュリアの碑(十字架)方向へ散策に出る予定である。てんぷらは釣りはやめたと言う。せっかく竿を持って来たのにもったいない。
 10時にてんぷらと私は出発、神津ストアの前からジュリア記念碑に向けて歩く。山道がちときつい。この1年ほとんど歩いていない。てくてく。
ジュリアの十字架の手前でヘリポートを見る。何もない。そして十字架。ジーザス! きれいな冬の青い空に白い十字架の塔。崖の上のそれは美しく立っていた。しかし高所恐怖症の私にはすでに怖い。展望台はどこも崖の上。千両池はロープを張っただけの両脇100メートルの岩場の階段。私には下まで降りられない。無理だ。しかも強風。てんぷらは途中まで降りたものの私はスタートでダウン。泣きを入れる。神津島灯台から空港へ進む。空港も人がいない。店もやってない。ようやくここでポカリスエットを飲んで水分を補給する。その後、三浦湾展望台へ行き、高処山展望台へ。
 秩父山にてんぷらは行きたがっていたが、私はもうだめです。右の脚が疲れていた。森田歩道という森の中の階段を歩き、村落へ。関庄商店でビールなどを購入。さらに土産屋でまた盛若「島」を買う。キャンプ場15時前に戻って来て、酒を飲む。食器洗いに15時に行くつもりがずるずると遅れ、16時半にようやく洗う。そのまま、キムチとカレーを作り始める。てんぷらはシュラフに入って眠っている。2人で作り終えても眠っているので、2人で先に食べてしまった。てんぷらの分の米は追加で炊いた。
米が炊けた所でてんぷらを起こしたら、てんぷらは怒っていきなりご飯をこぼした上で、カレーを一気に食らっていた。まあ、私としてはリゾットの仕返しなのだが。一休みして温泉に行く。またしても風がひどい。しかし、帰りは幾分和らいでいた。温泉の人の話だと明日は風も落ち着くと言う。……本当か?
 テントに戻って来て、日記をつける。キムチ・てんぷらテントも起きているが静かだ。ちなみにつよぴは1時間遅れで出港したものの定刻には着いたらしい。てんぷらが脱衣場でキムチの裸の後ろの姿を写メしていた。つよぴに「公序良俗に反するクポー」というメールを送られていた。私は15時頃焼き鳥缶の残りのタレでコーンを炒めて食べた。いまいち不評で、キムチは一口も手をつけなかった。もっと焦げ目がつくまで炒めればよかったような気がする。

12月29日(月)
 何回か夜目が覚めるのはいつものこと。2時、4時半、6時に目が覚める。7時半にてんぷらに急かされて起床。昨夜から水を吸わせておいた米を炊く。てんぷらの炒めたウインナーとパックの味噌汁(しじみ)を食べる。それだけの朝食。3人で鍋を洗い、9時頃私とてんぷらは出発した。途中私も天上山へ行くつもりになるが、登山口への坂道足も辛くなり、当初思っていたとおりやめる。自販機で飲み物を買って別れる。携帯は電源を切っておいたので、何かあったら警察に行くように言った。
 私はコーラを飲みつつ、神津ストアへ向かう。サーロインステーキとオーストラリア産サイコロステーキ、ビール、しめじ、ペヤング3つを買う。ペヤングは明日の朝食の予定だ。店を出て、路地を下って行くと、前浜の端に着く。浜辺を歩いてのんびりキャンプ場に帰って来て、ビールを飲み、ペヤングを食べる。明日の朝食はすでにない。誰かに買ってもらうようにメールを送るべきか? 食べ終わって、またビールを飲む。
 隣のテントのおじさんは釣りに行ったようだ。隣のおばさんキャンパーはまた軽自で送ってもらって、何やら段ボール箱を持って来た。ちなみに神津ストアは「八丈万有」という会社がやっているらしい。伊豆諸島限定のスーパーである。
 13時半にてんぷらが帰って来て、私を起こす。眠ってしまったようだ。てんぷらもビールにペヤングで昼食にしてしまう。朝食抜きですか。14時半に2人で温泉に行く。キムチの分の割引券はテントの入口の所(フライシートを止める所に挟んでおいた)。天気もいいし、風も弱い。昨日までとは打って変わったようなのどかな日。温泉でサウナに7分、湯船にかなり浸かって、トマトジュースを飲んで1時間ほどで出て来る。私はもっと入っているつもりだったが、なかなか浸っていられないものだ。テントに戻るとキムチがいた。まだ風呂には行かないようだ。
焼酎を飲んでしばらくすると、キムチは「温泉に行く」と言う。その間に夕飯を作ることにした。残りの野菜(白菜、ほうれん草、ニンジン、しめじ)とウインナーで八宝菜を作る。しかし分量が多いので半分分けて翌朝の味噌汁にすることにした。てんぷらが買って来て、ステーキを焼く。飯はすでに炊いておいた。さらに残っている具でコンソメスープを作る。かなりぐいぐい盛若を飲んで飯を作っていて、結局1人で全部作っている。てんぷら王子健在である。
キムチが帰って来た。早速ステーキを焼く。しかし! 味付けで3人の意見が割れる。キムチはコンソメは嫌だと言う。てんぷらも然り。私はコンソメの素を削って溶かし、無理矢理ステーキソースにする。いざ焼き始める。てんぷらは醤油。「しょっぱいが、こんないい肉は家では買わないのでうまい」と言う。次にキムチ。フライパン残りの醤油なので味は少し薄い。そして私。コンソメ味のレアステーキ。なかなかうまく焼けた。次はオーストラリア産サイコロステーキの番。1回8個計3回に分けて焼く。フライパンは焦げまくる。そしてコンソメスープ、八宝菜と続く。夕食完了。私は仕上げにジャガイモスープを飲む。もう9時である。「明朝は6時起きだー」とてんぷらが息巻いている。夜iPodシャッフル聞いて寝たら、途中で電池が切れた。

12月30日(火)
 6時40分起床。即鍋を準備し、朝食を作る。味噌汁である。米はすでにない。テントの片付けを食後すぐ始める。左隣のテントは親子3人でキャンプしているのか。3人並んでベンチに座っている。息子はひげぼうぼう。8時37分のバスに乗り、まっちゃーれセンターへ。1人おじさんが座っているが、客ではなさそう。何しているかは不明。今日も穏やかな島の1日。
ふと思い出したが、昨日、前の通りで傷ついた海鳥がうずくまっていた。カラスが1羽それを突っついて攻撃していたので、追っ払ってやった。それでも海鳥は動かない。カメラで撮ってやった。ここで死なれたらやだなあと思っていたら、寝て起きたらもういなくなっていた。まだ幼鳥のようだった。
 それはさておき、まっちゃーれセンターは誰もいない。東海汽船の受付と観光協会しかない。バスは9時10分に多幸湾へ出発。ここまで200円、多幸湾へも200円、計400円である。おじさんはやっぱり今も乗っている。風が強く、車は塩まみれ。空港に寄りつつ、港へ行く。待合所で券を買い、お土産も買う。とこぶしの瓶もあったが、とこぶしは三浦でも買えるのでやめた。待合所を出て、山や湾の写真を撮る。入口の煙草の自販機はタスポがいらない旧式のものである。キムチがしきりに「いつ告発しようかなー」と言っていた。他に煙草屋もないこの多幸湾においては貴重な存在。放っておいてもいいのではなかろうか。
出港の放送が入って、待合所から桟橋へ向かう。客は30人くらいしかいない。しかも波があり、新島、利島は通過することとなってしまった。出港すると砂糖崎の黒曜石の地層が見えた。黒い帯になっている。波は少しある。私とてんぷらはビールとニチレイの食品を食べる。私の買ったフライドポテトとチキンはチキンがもも1つ丸々入っていた。その後、大島まで特2等で寝る。今回は3人とも特2等だった。てんぷらは下段(403番)なのに、キムチ(404番)に横取りされていた。私は402番で上段である。
大島の手前で目覚める。パルメザンチーズ片手に自販機でスパ王(明太子)を買う。ロビーでスパ王を作ってパルメザンチーズを山のように振りかけて食べる。味が濃過ぎた。ここからジェット船で帰れたら、その方が圧倒的に早いのだが……。
 14時30分、大島を出て、再び寝る。次に起きたのは猿島沖である。夕景の横須賀と三日月の写真を撮る。レストランに1人で行き生ビール。メールで2人に集合をかけるとすぐにやって来た。3人で生ビールとシュウマイ。今年の旅もバラバラに行動していたが、たまにはよい。次のキャンプは、キャンプはできないが御蔵島でバンガローということになりそうだ。しかも夏である。そして、冬には三宅島で民宿。
 19時10分、船は竹芝に到着した。それでも100人以上に客は増えていた。3人で世界貿易センタービル地下の「ワインコーナー」でビールとおつまみで夕食を取り、京急で帰って来た。私は22時には家に着いたのである。

【投稿】2007年12月28日~31日 新島キャンプ

八丈玄 投稿シリーズ
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離島独特の雰囲気が伝わってくる八丈玄氏のキャンプ日記を、どうぞお楽しみください。


2007年12月28日(金)
 19時半横須賀駅に着く。キムチとてんぷらがすでに待っていた。
 電車の中で500mlのビール缶をやる。しかし、すでに生ビール3杯飲んでいたので酔っていた。浜松町から歩いて、コンビニで唐揚げ弁当を買う。雨が降って来た。今日は28日なので例年と異なり、竹芝桟橋も人が多い。サーフィン、釣り、スキューバダイビング、帰省、人それぞれ。
9時40分乗船開始する。私たちは特1等30~32。うーん、部屋は29~32なので、29はどうしたのか。つよぴの分をキャンセルしたので、そのまま空席だと思っていた。しかし! 若いおとなしそうな男が入って来た。初の相部屋となってしまった。酒盛りしようと思っていたが、これではおとなしく寝るしかない。私たちはワインを飲んで、出港後すぐ寝る。私も2回程目が覚めたもののよく眠れた。しかし、やたら暑かった。

12月29日(土)
 船は順調に進む。条件付出港なのに、海は波がない。ただ、雨が降っていたようだ。新島には8時半に着いた。乗船待合所で合羽を穿いて、観光案内所で地図をもらう。町まで歩く。コーガ石の置物が並んだ道が続く。軽自のおじさんが「キャンプ場行くの? 乗せてやろうか」と声をかけてくれたが、町で食材を買うので丁重に断わる。
スーパーを発見し、少なめに食材を買う。米は5kgしか置いていない。もう少し歩いて行くと「リカーショップもりた」と「もりた電気商会」が現れた。ビールと水を買う。米は3kgがあったが、精米を自分の所でやっていて、2kgでも売ってくれた。店の前でタクシーを呼ぶことにして、近くの電話ボックスに行くも壊れていて使えない。またか!
新島交通に電話して来てもらうと、なぜか前田タクシーが来た。何か関連があるのか? 空港の脇から左に曲がり、しばらく行くとキャンプ場があった。管理所へ行くとすでに年末休業中。申請もしないでキャンプ場へ行く。炊事場にバイクを入れて脇にテントを張り、ブルーシートをその上に張った若者6人くらいのグループと、上の方に外国人カップル、日本人カップルのキャンパーがいた。私たちは中段くらいの広い所に陣取る。
ボーッとしているとつよぴからメールが来る。11時55分頃神津島からの船で新島港に着いたようだ。歩いて来るという。私たちはつよぴが来たら、一緒に昼飯を作ることにした。
 キムチとてんぷらは朝パンを食べていた。私は食べていない。つよぴは13時半頃現れ、ツェルトを張っている。ツェルトは小さい。みんなでカレーを食す。そして何もしないで夕食までゴロゴロしていた。風が強い。19時に水炊きのような物を作る。コンソメで鶏肉と長ネギとニンジンなどを入れて煮る。その後、焼酎を飲むがついつい飲み過ぎてしまった。22時過ぎに寝る。

12月30日(日)
 風が強く、ターフがうるさくて、あまりよく眠れなかった。6時に起床。今日、つよぴは帰るという。しかし爆風。放送が入るものの何を言っているのか聞こえない。7時30分頃のことである。
つよぴが乗船待合所に電話すると「下りは止まるが上りはスルーする」とのこと。その時点で8時30分。もう間に合わない。仕方なくてんぷらとつよぴで空港に偵察に行く。帰って来ると、飛行機は出ているとのことで予約してきたらしい。すぐテントをたたむつよぴ。天は無情にも雨を降らせた。霰も混じっている。しかし通り雨で、2回降って後は晴れた。
11時にみんなでキャンプ場を出発し、空港へ。島は強い雨風で、空港の吹流しが真横になっている。4人で空港ロビーで過ごす。つよぴはこれが初めての飛行機である。12時35分つよぴの飛行機は出発した。ものすごい風なので、すぐに離陸してしまう。
私たちは中田モータースでレンタカーを借りようとしたものの、閉まっていた。空港に戻り、森田モータースに電話。軽自を借りた。若郷、ミサイル試射場を見る。石山展望台に行くと、道が石と砂でゴロゴロしていて、とても村役場公認の観光地とは思えない。それでも軽自でゆっくり走ると崖の上に着く。ここが展望台。風が強くて飛ばされそうになる。採掘所だったのだろうか? 
その後、山を下り「まました温泉」へ。砂むし風呂は風が強くてお湯がポンプで下からくみ上げられず、あと夜6時頃1回しかできないとのこと。あきらめて普通の温泉に入る。
その後、町へ下りると新島ストアへ行く。八丈ストアと同じ系列である。ついつい少し買い物をしてしまう。和田浜へ行く。何もない浜辺に波がくだける。何もない高い山の崖の下の道が行き止まりである。こんな所のキャンプ場に泊まろうとしていたかと思うと恐ろしい。キムチがあちこち行って写真を撮っている。夕闇は迫っていて、夜は紫色へ。その後はキャンプ場へ戻る。するとゴミが風で飛ばされて、缶と容器包装プラスチック(略して容プラ)が入ったビニール袋がなくなっていた。おいおい、そりゃない。しかし、缶も半分はどこに行ったかわからなくなり、容プラは全滅。きっと上の方にいるキャンプ客の方に飛んで行ったに違いない。夕食は海軍カレー(レトルト)とオニオンコンソメスープ(他にもいろいろ具が入っていたが)。
 風が強く、寒く、私は焼酎のせいで腹を壊して超絶不機嫌であった。みんな勝手に飯を作っている。私は鍋の蓋を皿にして、ご飯を盛り海軍カレーをかけ、オニオンバター炒めを混ぜて食す。今日は缶ビール2本(500ml×2)しか飲まないで寝ることにした。
21時以降3人とも完全に沈黙。キムチ、てんぷらはシュラフに完全に入ってテントを空けたまま本当に眠っていた。私もうとうとしてきたので、22時には寝た。
炊事場にバイカーたちが集まって話をしていた。寒くないのか? 星は底土キャンプ場よりよく見えるが、キャンプ場の外灯が立派過ぎて明るいのが難点。夕方18時に点くので、その前1時間が天体観測のポイントか。

12月31日(月)
 今夜はよく眠れたと我ながら思った。しかし、午前3時頃風の音で1回目醒める。強風である。それがずっと朝まで吹き荒れる。その後、悪夢と共に何回か目醒めつつ、6時起床。てんぷらも起きていた。テントを出るとやはりゴミが飛ばされていた。拾える分だけは拾う。本日の船について検討する。下りの船に乗って、神津島から竹芝へ行くかということになった。7時30分に放送が入る。下りのみ条件付出港とのこと。それにてんぷらの心に火が着いた。
「行こう」
作りかけのスープの具(ニンジン、ジャガイモ)は捨ててしまっていた。私も鍋を洗っていた時に考えていた。もう下りに乗るか、飛行機しかないだろうと。そうそう、鍋の焦げを取るにはコーガ石がよい。ザラザラしてて、やすりのように一気に削れるのだ。
てんぷらの決断で退却準備を始めると、いきなり暴風と霰がキャンプ場を襲った。つよぴのことを笑っていられない。私らも同じ目に遭っているではないか! 風でまともにテントがたためない。つよぴのムーンライト3型は昨日の強風で骨が曲がっている。私もテントが風で飛ばされそうだ。冬の嵐のようなキャンプ場で、とにかく片付けをして、軽自に荷物を積む。
まずは新島港の乗船待合所へ行く。放送もろくに聞こえないキャンプ場ではかすかな期待があった。しかし、ここでおばちゃんに聞くと「利島の沖で竹芝に引き返しました」と一言で終わった。無念。私たちの船は逃げました。そこで新島空港に向かい、飛行機の予約をする。予約も何も9時35分の調布行きが取れた。1時間前なので荷物を送ろうと思ってバックパックにギュウギュウに詰め込む。しかし、お金を払ったら、それはあくまでも手荷物料金で、5kgまで無料、以降1kgごとに250円であった。
つよぴは宅急便をそこで送れたのに、今日は「調布に行ってからやって下さい」とのこと。ひどいぞ、なんてこった。昨日はここで宅急便の手続きもできたのに。と思いきや、つよぴは宅急便を別料金で送っていたのである。私は調布に行ったらバックパックは宅急便で送ろうと思った。
9時30分、保安検査開始。青ヶ島のヘリコプターの時と同じで、輪っかみたいので金属のチェックをして出発口へ。椅子が10個ほど並んでいる部屋を通って飛行機へ向かう。
飛行機はドイツ製のドルニエという奴で、19人乗りの双発プロペラ機である。左右1列ずつしか席がない。右のプロペラを回してから左のプロペラを回す。西風が強いので東から西へ離陸した。滑走路の半分くらいで飛び立ってしまう。早い。飛行機は2000mくらいのところを飛んでいるようだ。新島、利島、大島が見える。
岡田港には私たちを裏切って引き返してしまったかめりあ丸が停泊していた。三浦半島、横浜、川崎を経て、調布飛行場へ。着陸態勢に入ったところで、キムチがデジカメで窓の外の写真を撮っていた。なんてこった。やめろと言っても聞こえないらしい。結局ギリギリまで写真を撮っていた。飛行機を降りてそれを言うと「知らなかった」とのこと。席にあったカードも見なかったらしい。ひどいやんけ。
飛行場の受付は混んでいた。バスで調布駅へ行こうとしたら、バス停の時刻表にはほとんど朝と深夜しかバスがない。こんなに1日何本も飛行機飛んでるというのに。タクシーで調布駅に行く。駅前のパルコの7階で朝昼食を取る。パスタの人(キムチ、てんぷら)、ピザの人(私)で、私とキムチは生ビールを飲む。ピザはもう1枚頼んでみた。
帰りは、結局バックパックは送らず、持って帰ることにした。京王線で新宿に行き、湘南新宿ラインで大船へ。そして横須賀線で横須賀駅に戻って来る。バスに乗って15時前に家に着いた。
 今回は天候不良でスケジュールに余裕がなくて、みんな疲れてしまったし、何も見ることができなかった。2泊は厳しい。せめて3泊してのんびりしないとおもしろくない。来年からはやはり27日夜に出るべきだろうか。

風まわる町-銚子・神栖-

日本一でも本州一でもないけど、身近な関東地方の中ではもっとも東の果てとなる銚子・犬吠埼。
離島や山頂を除けば、地軸の関係でどこよりも早く初日の出が見られるという。
地球の丸さを実感できる展望台もあるというので、かなり前から一度は行ってみたいと思っていた場所だ。

10月に小湊鐵道やいすみ鉄道で房総半島を横断しながら銚子へ行く2泊3日の旅を計画していたが、体調不良のためその時の休暇は加療にて消化してしまった。
しかし、11月になってから思いがけず休みが取れたので、1泊2日のドライブに形を変えて銚子へ行こうと思い立ったのだった。

リスト05 撮影ポイントマップ

刑部岬 飯岡漁港 田園の風力発電 地層 屏風ヶ浦 風力発電機群 信田缶詰 銚子大橋 電柱 犬吠埼灯台 犬吠埼マリンパーク 銚子電鉄

長崎鼻 銚子ポートタワー 魚タンク シーサイドパーク 波崎ウィンドファーム 熱海の捜査官 ウインド・パワーかみす 風力発電と鉄塔 航路標識 鹿島臨海工業地帯 展望塔 帰路

 11月3日(水)


朝10時半に家を出発。
直前に見た交通情報によると、事故の影響で首都高湾岸線が大黒から東扇島までの区間で通行止めになっているという。
出鼻を挫かれた格好だが、横羽線から開通したばかりの大師~殿町を通って浮島ジャンクション経由でアクアラインに乗ることにする。
生麦付近で一部渋滞はあったものの、アクアライン連絡道、館山道、東金道路、銚子連絡道とその後は順調に進んだ。
市原サービスエリアと一般道に降りてすぐのコンビニで休憩したが、14時過ぎには銚子の一歩手前まで来ていた。

最初に立ち寄ったのは旭市の飯岡漁港。
そしてその脇には、屏風ヶ浦を遮るように立ちはだかる刑部岬がある。
ここは銚子から延々と続く断崖絶壁、屏風ヶ浦の南西端に位置している。

刑部岬
#01 飯岡漁港から刑部岬を見上げる

飯岡漁港
#02 刑部岬から飯岡漁港を見下ろす

銚子市街に近づくにつれて、風力発電のための風車が目に付くようになる。
何となく近くに行きたいなと思いながら車を走らせていたら、いつのまにか結構な山道に入り込んでいるので驚く。

田園の風力発電
#03 止まっているように見えても回ってる

銚子ドーバーラインを走っていても、当然海上方向から空中撮影したような断崖が見えるわけではない。
そこで向かったのは銚子マリーナ脇の海水浴場。
崖の目の前というわけにはいかないが、何キロにもわたって地層を露わにし続ける姿は壮観だ。

地層
#04 見事な崖っぷり

屏風ヶ浦
#05 延々と続く崖

銚子のきょうの日の入り時間は16時40分頃。
夕景に合わせて訪れたのが、地球の丸く見える丘展望館だ。

標高73.6メートルの愛宕山頂上にあって、周囲には景色を遮るものがまったくない。
しかも見渡すと、ほぼ一周(330度ぐらい)を水平線に囲まれている。
一瞬自分が島にいる錯覚すら覚える。
地球が丸く見えるという意味が、初めて分かった気がした。

地球の丸く見える丘展望館パノラマ写真
350度ぐらいのパノラマ写真

屏風ヶ浦方面を眺めると、いくつもの風力発電機が羽根をくるくると回している。
暗くなるにつれて、明滅する発電機の灯りが際立ってくるのが印象的だ。

風力発電機群
#06 ドーバーライン方向を望む



日帰りはさすがにきついので、銚子駅近くのビジネスホテルに宿泊。
カラオケ店やレストランと共用の広い平面駐車場に車を止める。
大きなソファも置いてあって、広々とした部屋だ。

食事は付けていないので、市街地を散歩しながら飯処を探す。
しかし、観光地とはいえ人口7万人都市の夜は早い。
18時を過ぎると駅前でも多くの店は閉店し、開いているのはコンビニ、マクドナルド、数件の飲み屋と定食屋ぐらいだ。

そのうちの一軒の定食屋で刺身定食を食べ、コンビニでビールやつまみ、銚子電鉄のぬれ煎餅を買って帰る。
ぬれ煎餅にはマヨネーズが付いていて、温めて食べるのがおすすめとのこと。
あいにく電子レンジやトースターまでは部屋になかったが、なるほどぬれ煎餅にマヨネーズというのはなかなか相性がよい。

ちなみにぬれ煎餅は、醤油の産地でもあった銚子が発祥とのこと。
銚子電鉄が経営難からぬれ煎餅の販売を始めたことで、より銚子とぬれ煎餅の結びつきが強くなったようだ。

 11月4日(木)


信田缶詰
#07 趣のある缶詰工場

ホテルから歩いていける距離に利根川が流れているので、銚子大橋を見にいく。
横浜ベイブリッジと同じ斜張橋で、老朽化した旧橋からの架け替え工事は最終段階に入っている。
太平洋に注ぐ利根川にとっては、河口の最後に架けられた橋である。

銚子大橋
#08 磁石ではない

電柱
#09 国旗のようで国旗でない

この後、銚子駅に立ち寄る。
今回は結局電車に乗る機会はなかったが、銚子駅の跨線橋から線路を眺めたりして無理矢理気分を盛り上げる。
そしていよいよ犬吠埼へ向かった。

犬吠埼灯台は31.3メートルの高さを誇り、煉瓦造りの灯台としては日本で2番目の高さだという。
99段の螺旋階段を登ってみると、なるほど風も強いし足を掬われるようだ。

犬吠埼灯台
#10 よく見ると煉瓦造り

犬吠埼マリンパーク
#11 見てはいけないものを見てしまった気分

犬吠駅や外川駅に立ち寄って、銚子電鉄に乗った気分だけでも味わう。
車の機動力は時として絶大だが、やっぱり旅は電車でのんびりというのがいい。

銚子電鉄
#12 終点外川駅に留置された車両

犬吠埼のすぐ南にあって、よりいっそう突端ぽさを醸し出しているのが長崎鼻である。
ひっそりとした港町の先で、忘れられたような光景が広がる。
こぢんまりとした直立不動の建造物(長崎鼻一ノ島照射灯)が、妙に周囲と融け込んでいる。
絶景とは少し異なるが、感傷的な雰囲気に浸れる場所だ。

長崎鼻
#13 荒涼とした長崎鼻

そろそろ昼時ということで、狙ったようにやってきたのが銚子ポートタワー
きのう訪れた地球の丸く見える丘展望館とセットで500円という入場券が、ここで活躍する。
銚子漁港に隣接した高さ57.7メートル(展望室は46.95メートル)のポートタワー。
ここからは、犬吠埼灯台や銚子市街地、利根川河口までよく見える。
北西には、隣接する神栖市の海岸沿いに建ち並ぶ風力発電機群まで見渡すことができる。

銚子ポートタワー
#14 利根川河口

魚タンク
#15 魚貯蔵タンク(嘘)

ウオッセ21という水産物即売センターでウィンドウショッピングの後、レストランうおっせの港町定食で昼食。
刺身の盛り合わせにまぐろとさんまのフライで、銚子の食を堪能する。

ここで銚子を後にして、先ほどポートタワーから見えた神栖へ移動。
銚子大橋を渡り、ウインドファームを目指して防風林に囲まれた海沿いの道を北西に進む。
手始めにシーサイドパークで3基の風力発電機を見上げる。
その大きさと迫力に圧倒される。
ここが波崎風力発電所であった。

シーサイドパーク
#16 シーサイドパーク隣の波崎風力発電所



さらに車を先へ進めるが、右手の防風林から聳え立つ風力発電機が、度々現われては後方に消えていく。
波崎ウィンドファームでは、防風林、砂丘、海岸線に沿って12基が稼働している。
小高い砂丘は容易には登ることができず、人を寄せつけまいとするかのようだ。

波崎ウィンドファーム
#17 12基の風力発電機

砂浜の海岸線が終わりJFE条鋼鹿島製造所の南東端へやって来た。
何の変哲もない曲がり角が、じつに印象的だ。

熱海の捜査官
#18 マーブル味のチュッパチャップスな曲がり角

ここからまっすぐに延びた道路沿いに建ち並ぶのが、ウインド・パワーかみすが運転する7基の風力発電機。
国内では初という本格的な洋上発電施設で、海岸線から垂直に延びた橋の先に発電機が設置されている。
今年3月から運用開始されたばかりとのことで、『熱海の捜査官』のロケは建設直後だったようだ。

ウインド・パワーかみす
#19 1.6キロほどの間に7基が建ち並ぶ



風力発電と鉄塔
#20 逆方向から 鉄塔にも負けてない

日も暮れかかるなか最後に向かったのが、鹿島港内に面した港公園である。
事前に分かってはいたのだが、休館の水曜が祝日だったため展望塔はきょうは閉鎖されている。
それでも工場地帯の灯を見ながら旅を終えるのも乙なものだ。
暗くなっても釣り客たちは帰る気配を見せない。

航路標識
#21 鹿島海上保安署

鹿島臨海工業地帯
#22 港公園から見る鹿島臨海工業地帯

辺りは飼料工場が多く、独特の匂いに包まれている。
どことなく『20世紀少年』を思い起こさせる塔を背に神栖を後にした。

展望塔
#23 港公園のシンボル

帰路
#24 帰りたくなったよ

銚子大橋手前の国道124号で渋滞にはまったが、その後は一般道を順調に走る。
道幅も広く、結局帰りは銚子から横須賀の自宅へ帰るまで、アクアライン以外の有料道はほぼ使わずに済ませてしまった。

深夜の閑散とした海ほたるで休憩したが、ここが刑務所になる未来はさすがに想像できなかった。
帰宅してからも風力発電機の羽根が、力強く風を切る音が耳に残っていた。


リスト02 銚子市
リスト02 神栖市 - 市内の風力発電施設

リスト01 日本風力開発株式会社
リスト01 エコ・パワー株式会社
リスト01 株式会社小松崎都市開発
リスト01 NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構) - 日本における風力発電設備・導入実績

リスト03 ヴェステックジャパン株式会社
リスト03 三菱重工 - 風力発電プラント
リスト03 富士重工業株式会社 - スバル風力発電システム

八丈島 写真集 シーズン2

2009年暮れの八丈島キャンプ。
天気があまり良くなかったので、COOLPIX P5100を活かしきれず。



八丈島 シーズン2 01 八丈島 シーズン2 02 八丈島 シーズン2 03 八丈島 シーズン2 04 八丈島 シーズン2 05 八丈島 シーズン2 06 八丈島 シーズン2 07 八丈島 シーズン2 08 八丈島 シーズン2 09 八丈島 シーズン2 10 八丈島 シーズン2 11 八丈島 シーズン2 12 八丈島 シーズン2 13 八丈島 シーズン2 14






八丈島 シーズン2 01

#01 出発 (2009/12/29/19:17:40)



八丈島 シーズン2 02

#02 上陸前 (2009/12/30/08:56:01)



八丈島 シーズン2 03

#03 BBQ (2009/12/30/18:57:24)



八丈島 シーズン2 04

#04 高低差 (2009/12/31/15:40:13)



八丈島 シーズン2 05

#05 テトラポッド (2009/12/31/15:58:46)



八丈島 シーズン2 06

#06 ▼▲ (2009/12/31/16:03:26)



八丈島 シーズン2 07

#07 舵 (2009/12/31/16:03:41)



八丈島 シーズン2 08

#08 日暮れ前 (2009/12/31/16:05:47)



八丈島 シーズン2 09

#09 着陸態勢 (2009/12/31/16:40:57)



八丈島 シーズン2 10

#10 椰子 (2009/12/31/16:41:25)



八丈島 シーズン2 11

#11 車道と歩道 (2009/12/31/16:43:09)



八丈島 シーズン2 12

#12 黄色に染まる (2009/12/31/17:22:16)



八丈島 シーズン2 13

#13 緊張 (2010/01/01/12:49:57)



八丈島 シーズン2 14

#14 滑走路 (2010/01/01/12:51:42)




リスト03 八丈町公式サイト
リスト03 八丈島観光協会
リスト03 八丈島 (Wikipedia)
リスト03 八丈島 (Google マップ)

ライブのち遠足-銀座から浅草へ-

4月23日に続き、きょうもアップルストア銀座で行なわれたピカソのフリーライブへ足を運んだ。
「Timeless Melody」や「パレード」が聴けるとは思わなかったので、かなりお得な気分。
こんどは「マイ・バック・ペイジ」や「ロベルティーノ~ただ太陽がまぶしすぎて~」も聴いてみたいけど、こんなところでリクエストしても無駄か?

iPad発売直後ということで、1階の混雑はすさまじかった。
iPadはちらっと見たけど、思ったほど大きくないんだなと思った。

アップルストア銀座・シアター

前回は車だったが、きょうは電車。
ライブ終了後は、歩行者天国を余裕の銀ブラだ。
はじめはドラマ『新参者』の舞台となっている人形町・小伝馬町辺りを見に行くつもりでいた。
都営浅草線沿いを上っていけば、空いた電車で帰れるだろうとの目論見もあったので。

宝町から江戸橋、日本橋、小伝馬町界隈へ。
これだけで気分はブラタモリだ。

馬喰町から神田川を渡り、浅草橋に到る。
何となく街が気忙しいと思ったら、祭りのようだ。
そろそろ飯でもと思ったが、どの店も祭りに忙しくそれどころではなさそう。
歩いているうちに祭りの中心に遭遇。
御輿の担ぎ手や観客の数も多いが、警官隊の数が尋常でない。
鳥越まつりと言うそうだ。

友人からのメールで、そこまで行ったら東京スカイツリーだろと言われた。
たしかに建設途中を一度は見ておきたいと思っていた。

蔵前から駒形橋方面へ進むと、ビルの切れ間から隅田川へと開けていった。
駒形橋の根元へ歩み寄ると、やっとスカイツリーを見通せる場所に出た。

スカイツリー

アサヒビールの泡が、添え物のようではないか。
帰宅後確認したところ、きのう(6月5日)の段階で398メートルとのこと。
完成すると634メートルだから、さらに240メートル近く上乗せされることになる。
恐るべき高さだ。

いいかげん腹も減り、ごはん処を求めて明るい方へ吸い寄せられていった。
すると、初めて来たのにどこかで見かけた光景が広がっていた。

雷門

ああ。
こんなところまで歩いてきたんだな。
たしかにもう2時間以上は歩いているし、辺りは薄暗くなっていた。

浅草寺参道

せっかくなので浅草寺をお参り後、近くのそば屋へ。
手打ちそば十和田で、もりそば大盛(850円)を頂く。
そば湯の出てくるそば屋は久しぶりな気がした。

都営浅草線浅草駅から京急直通の快特電車で帰宅。
終バスに間に合わず、駅から徒歩で帰ったので、風呂上がりの発泡酒サウザンがいつも以上にうまかった。

サウザン

家で過ごす休日もいいが、9時間ほどの外出でこれだけ遊べるのだからアウトドアも悪くない。
久しぶりの遠足気分だった。

リスト07 遠足ルート (Google マップ)

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